これが経営者として正しい状態だと思いますか?「売上は上がっているのに、なぜかお金が残らない」「仕入れと資金管理は何となくやっているが、正解がわからない」——そんな悩みを抱える社長は少なくありません。
30社以上の財務改善支援の現場で繰り返し見てきたのは、社長が「仕入れ」と「資金繰り」を別々の問題として捉えているケースです。財務コンサルティングの視点では、社長の管理レベルを「3層」で捉えることがあります。3流は「決算書の数字を税理士から聞いて終わり」。2流は「個別の在庫や売掛金をなんとなく把握している」。1流は「経常運転資金という1つの指標で、仕入れ・在庫・回収・支払いを統合的に診断し、自社のパターンを判断できる」層です。本記事は、この1流の診断フレームワークを提供します。
「売上が上がっているのに、なぜお金が残らないのか?」その答えは、ほとんどの場合「経常運転資金」の増加にあります。
まだ支払っていない仕入代金
この金額が大きいほど、運転資金が必要になります。売上が伸びると、この経常運転資金も比例して増加するため、「売上は上がっているのにお金がない」という現象が起きるのです。重要なのは、これが「仕入れの問題」「在庫の問題」「回収の問題」を**1つの統合指標として診断できる**という点です。個別の問題として対処するのではなく、まず自社の経常運転資金がどのパターンで増加しているのかを把握することが、改善の出発点になります。
「なぜ、過剰な仕入れを続けているとわかっていても変えられないのか」——社会心理学者ロバート・チャルディーニが示した「コミットメントと一貫性の原理」がこの構造を説明します。
— ロバート・チャルディーニ(影響力の武器より)
「以前から、この量を仕入れている」「先代の頃からこのやり方でやってきた」という社長の発言は、チャルディーニの言う一貫性の原理に縛られている状態です。仕入れ量を見直すという行為は、過去の自社の判断を否定するように感じられ、心理的なハードルが高くなります。
しかし、経常運転資金という客観的な数式で現状を見れば、「今のやり方を変えるべきか」を感情ではなく数字で判断できます。「安いから」「不安だから」という感情的な仕入れパターンを継続する一貫性の罠から脱出する第一歩は、まず自社の経常運転資金の推移を数字で可視化することです。
資金繰り改善には多数の方法がありますが、重要なのは「あなたの会社に最適な方法を選ぶこと」です。まずは、どのパターンに当てはまるかを確認してください。
複数のパターンに当てはまる場合は、最も資金繰りに影響の大きい要因から取り組んでください。迷った場合は、効果が早く現れる「売掛金回収の改善」から始めることをお勧めします。
製造業R社(年商3.2億円)の事例です。社長は「在庫が多い気がする」「売掛金の回収も遅い気がする」と感じていましたが、どこから手をつけるべきか分からない状態でした。
R社の社長は当初「在庫も売掛金も両方問題」と漠然と捉えていましたが、経常運転資金を内訳分解したことで、「実は売掛金要因が過半数を占めている」という事実が判明しました。これにより、パターン③(回収遅延型)の対策を優先することが明確になり、主要取引先との支払いサイト交渉から着手しました。半年後、経常運転資金は月商の2.3カ月分まで改善しています。
「両方を同時に何とかしよう」という漠然とした対応ではなく、経常運転資金を内訳分解して優先順位を数字で決める——これが診断フレームワークの実践的な価値です。
R社ではさらに、主要取引先との支払いサイト交渉に着手する際、「なぜこの交渉が必要なのか」を経常運転資金の内訳データを使って社内で説明しました。営業担当者は当初「お客様に支払いサイトの話をするのは気が引ける」と抵抗していましたが、「自社の経常運転資金の55%がこの1社の回収遅延に起因している」という具体的な数字を示すと、交渉への納得感が大きく変わりました。これもチャルディーニの一貫性原理への対処と同じ構造です。「いつもこの顧客には強く言えない」という社内の暗黙の一貫性を、客観的な数字によって崩すことができたのです。
現在の売掛金残高・在庫金額・買掛金残高の3つの数字を正確に把握し、経常運転資金を計算します。チャルディーニの一貫性の罠から脱出する第一歩は、感情ではなく数字を直視することです。
7つのパターンから自社に最も当てはまるものを特定し、R社のように内訳分解した数字で優先順位を決定します。
月次で経常運転資金の推移を測定し、必要に応じて手法を調整します。重要なのは完璧を求めすぎず、継続的に改善し続けることです。
「お金が残らない」という悩みの多くは、経常運転資金という1つの数式で説明できます。仕入れ・在庫・回収・支払いを個別の問題として対処する前に、まずこの統合指標で自社の現状を診断することが、1流の管理会計的視点です。
チャルディーニが示す一貫性の原理に縛られず、「以前からこうしてきた」という慣習を数字で見直す勇気が、資金繰り改善の出発点になります。
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合同会社エバーグリーン経営研究所
経営コンサルタント 長瀬好征
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