私が30社以上の経営相談を受ける中で、最も多い質問がこれです:「同じような業種で成功している会社の事例はありませんか?」。しかし、この質問の裏には、経営の本質を見誤る危険が潜んでいます。
先日も、従業員30名、年商5億円の製造業A社の社長から「他社の成功事例を真似したい」という相談を受けました。その背景には、自分で考えることを放棄し、「正解」を外部に求める思考パターンがありました。
表面的模倣による失敗率
未解決の経営課題継続年数
危険性1:見えない成功要因を無視する
成功事例で語られるのは、氷山の一角に過ぎません。例えば「B社は新営業手法で売上2倍!」という事例には、以下の重要な要素が隠れています:
– 経営者の人柄と信頼関係構築力
– 組織全体の学習能力と適応力
– 市場タイミングと運の要素
– 長年蓄積された顧客との関係性
– 社員のモチベーションと企業文化
危険性2:文脈を無視した表面的模倣
株式会社オンデーズの田中修治代表取締役社長の成功は、確かに素晴らしい事例です。しかし、田中氏の成功を支えたのは、彼の独自の経営哲学、チーム構築力、そして何よりも「自分の頭で考え抜く」思考力です。これらは模倣できません。
危険性3:思考力の退化を招く
伊丹敬之先生が指摘する「人間性弱説」がここに現れます。人は楽な方法を求めがちですが、成功事例という「正解」に頼ると、自分で考える力が確実に退化します。
危険性4:イノベーションを阻害する
他社の模倣に終始する限り、独自の価値創造は生まれません。模倣からは、せいぜい「小さな改善」しか期待できません。
危険性5:依存体質を生み出す
最も深刻なのは、外部の「正解」に依存する体質です。これでは、市場環境が変化した時に対応できません。
逆に、失敗事例には普遍的な教訓が含まれています:
– 資金繰り管理を怠った結果の倒産リスク
– 事業計画なしの場当たり経営の限界
– 従業員教育を疎かにした品質低下
– 顧客の声を無視した商品開発の失敗
これらは業種や規模に関係なく、多くの企業に当てはまります。なぜなら、失敗には「基本的な経営原則からの逸脱」という共通点があるからです。
近江商人の真の教えは「三方よし」だけではありません。彼らは「他者の成功を模倣する」のではなく、「自分の商いの道を究める」ことを重視しました。
二宮尊徳も「積小為大」を説きましたが、これは他者の大きな成功を真似ることではなく、自分なりの小さな改善を積み重ねることの重要性を説いたものです。
「他社の成功事例を追いかけるのをやめてから、逆に経営が楽になりました。今は自社のペースで、できることから着実に進めています」
— ある経営者の気づきの言葉
理化学研究所の脳科学研究によると、人間の脳は「模倣」と「創造」では異なる神経回路を使用します。模倣に頼り続けると、創造的思考を司る神経回路が発達せず、結果として問題解決能力が低下することが明らかになっています。
また、西林克彦教授の研究では、「わかったつもり」状態は学習効果を著しく低下させることが証明されています。成功事例を聞いて「わかった」と感じても、それは真の理解ではありません。
経営に「正解」はありません。あるのは「自社に合った解決策」だけです。
伊丹敬之先生が40年の研究で証明したように、成功事例の表面的模倣は必ず失敗します。真の成長は、自分の頭で考え、自社の強みを活かした独自の道を探ることから始まります。
明日の経営に、この「自分で考える」視点を取り入れてみてはいかがでしょうか?