資金繰り改善の手法 その55回
【未回収債権が語る経営の真実 :組織の機能不全 ~なぜ誰も責任を取らないのか~】
未回収債権問題の背景には、常に組織の機能不全が潜んでいます。
「誰が責任を持つのか」
「なぜ情報共有ができないのか」。
これらの問題の本質について、今回は考察していきたいと思います。
多くの企業で、未回収債権の責任の所在が不明確です。
営業部門は売上目標の達成が最優先、経理部門は記帳と管理が主務、
債権管理部門の権限は不明確、そして経営層は問題を正確に把握でき
ていない。
このような組織構造の中で、受注判断は営業部門、与信管理は管理部門、
入金管理は経理部門と、プロセスが完全に分断されています。
さらに深刻なのは評価制度の歪みです。部門別の縦割り評価により、全体
最適が失われ、相互牽制機能が働かず、むしろ責任回避の構造が出来上がっ
てしまっています。
結果として、誰もが「自分の担当範囲ではない」と問題を先送りし、未回収
債権は増加の一途を辿ることになります。
「情報共有の仕組みがない」というのは、よく聞かれる言い訳です。
しかし、より本質的な理由があります。
実は、情報共有には「デメリット」が存在するのです。
問題が可視化されることによる責任追及、部門間の対立の露呈、既得権益への
影響、評価への悪影響。これらを避けようとする組織防衛が働くのです。
また、問題隠蔽の慣習、部門間の不信感、コミュニケーション不足、当事者意識
の欠如という組織文化の問題も深刻です。
情報システムの面でも、情報の非統合、アクセス権限の制限、リアルタイム性の
欠如、分析機能の不足など、多くの課題を抱えています。
組織の寄与度評価にも大きな歪みが見られます。
売上至上主義、部門別最適化、短期的な成果主義、リスク管理の軽視。これらが適切
な債権管理を妨げています。
売上達成による報酬体系の中で、回収責任が不明確なまま、リスク管理への関心は薄れ、
長期的な視点は失われていきます。
特に問題なのは、この状況が自己強化的なサイクルを形成していることです。
問題を指摘すれば部門間の対立を生み、対立を避けようとすれば問題は隠蔽され、隠蔽が
進めば状況はさらに悪化する。
この悪循環から抜け出すことは、想像以上に困難なのです。
この機能不全から脱却するためには、組織構造の抜本的な見直しが必要です。
責任と権限の明確化、クロスファンクショナルな体制の構築、効果的な情報共有の仕組み作り、
評価制度の再設計。
これらに加えて、受注から回収までの一貫管理、リアルタイムの情報共有、部門間連携の強化、
リスク管理体制の構築が求められます。
評価制度も、全体最適を重視し、長期的な視点を導入し、リスク管理を適切に評価し、チーム
評価を取り入れるなど、大きな改革が必要です。
ただし、これらの改革は、既存の利害関係や組織文化との軋轢を生む可能性が高く、慎重かつ
戦略的な実施が求められます。
このような組織の機能不全を改善するために、経営者の役割は極めて重要です。
明確なビジョンの提示、組織の目的の明確化、価値観の共有、行動規範の設定、責任体制の確立。
これらに加えて、情報共有基盤の構築、評価制度の改革、プロセスの統合、モニタリング体制の
確立も不可欠です。
さらに、オープンなコミュニケーション、部門間協力の促進、問題解決志向の醸成、当事者意識
の向上という組織文化の変革も必要です。
これには相当の時間と労力を要しますが、避けて通ることはできません。
未回収債権問題の背景にある組織の機能不全は、単なるシステムや制度の問題ではありません。
組織全体の構造的な課題であり、その解決には、経営者の強いリーダーシップ、組織全体の変革、
そして長期的な取り組みが必要不可欠です。
この問題に真摯に向き合い、解決に取り組むことは、単に未回収債権の削減だけでなく、組織全体
の健全性を回復する重要な機会となるのです。