東京商工リサーチのデータでは、「人手不足」関連倒産が前年比88.6%増、「人件費高騰」による倒産は103.8%増と激増しています。しかし、これらの問題は単なる一時的現象ではなく、日本社会が直面する構造的変化の結果です。計画なき経営では、もはや企業の存続すら危うい時代が到来しています。
「売上はあるのに、なぜか資金繰りが苦しい」「人を雇いたいが、賃上げの原資が見えない」——こうした悩みを抱える社長は少なくありません。30社以上の財務改善支援の現場では、この苦しさの根本原因が「人材計画と財務計画が分離している」ことにあるケースを繰り返し見てきました。賃上げも価格転嫁も人材投資も、個別の対応として場当たり的に行うのではなく、5つの戦略を統合的な計画として実行することが、危機回避の本質です。
東京商工リサーチのデータによると、「人手不足」関連倒産は283件(前年同期比88.6%増)と過去最多を記録。「人件費高騰」による倒産は106件(同103.8%増)と倍増し、「税金(社会保険料含む)滞納」による倒産も高止まりしています。
これらの数字が示すのは、個々の企業の「頑張り不足」ではありません。日本の生産年齢人口(15〜64歳)は2030年までにさらに約800万人減少すると予測されており、これは単なる「人手不足」ではなく「構造的な労働力不足」という根本問題です。
さらに深刻なのは、若年層の価値観の変化です。彼らは「給料」だけでなく「働きがい」「成長機会」「ワークライフバランス」を重視し、「会社のために自分を犠牲にする」という働き方を受け入れる若者は激減しています。
人手不足関連倒産(前年比88.6%増)
人件費高騰による倒産(前年比103.8%増)
「売上はあるのに苦しい」という社長の多くは、この構造変化を「一時的な逆風」として捉え、個別の対応(採用強化・値上げ・コスト削減)を場当たり的に行っています。しかし、構造的な変化には構造的な対応——5つの戦略を統合した計画——が必要です。
5つの戦略を「知っている」ことと「実行できる」ことの間には大きな差があります。ハーバード・ビジネス・スクールのジョン・P・コッターが提唱した「変革の8段階」は、この差を埋める枠組みです。
— ジョン・P・コッター(Leading Change, Harvard Business Review Press)
多くの中小企業が5つの戦略のうち「価格転嫁」や「生産性向上」を個別に試みて失敗する理由は、コッターの第1段階「切迫感の醸成」が欠けているからです。社長一人が危機感を持っていても、現場の従業員や幹部が「人口減少が自社にとってどういう意味を持つか」を数字で理解していなければ、戦略は実行段階で形骸化します。
5つの戦略を統合的に実行するためには、まず「このまま何もしなければ、自社は何年後にどうなるか」という危機感を、社内で共有する数字として可視化することが出発点です。
製造業O社(年商4.2億円、従業員32名)での実践事例を紹介します。
O社は「人が足りない」「賃上げしたいが原資がない」という典型的な悩みを抱えていました。最初に行ったのは、コッターの第1段階に対応する「現状維持シナリオの数字化」でした。「今のまま採用も生産性向上も行わなかった場合、3年後の人員体制と収益はどうなるか」を全幹部で共有したところ、「今のペースでは5年後に主力製品ラインの担い手がいなくなる」という危機感が初めて社内全体に共有されました。
O社の社長は「5つを別々の対策として考えていた時は何も進まなかったが、1つの計画として連動させたら、それぞれが互いを後押しするようになった」と振り返ります。生産性向上のデータが価格転嫁の交渉材料になり、価格転嫁の成果が人材投資の原資になる——5つの戦略は単独でなく、統合計画として初めて機能します。
渋沢栄一が生きた明治期も、日本社会が大きな構造変化に直面した時代でした。封建社会から近代資本主義へという転換の中で、渋沢が示した「論語とそろばん」の精神は、現代の人口減少という構造変化にも通じます。
— 渋沢栄一(論語と算盤より)
人口減少時代の経営危機は、単なる「コスト増加」の問題ではありません。若年層が「会社のために自分を犠牲にする」働き方を拒否するようになったという価値観の変化は、渋沢が言う「人を大切にする」という道義の側面と、5つの戦略という「算盤」の側面の両方が必要であることを示しています。価格転嫁も生産性向上も、最終的には「この会社で働く意味」を従業員が感じられるかどうかにかかっています。
「ただ頑張る」だけの企業は、間違いなく市場から淘汰されていきます。それは時間の問題です。一方、人材計画と経営戦略を連動させ、計画的に実行できる企業だけが生き残り、さらには成長する機会を得るでしょう。
経営危機回避の本質は「計画的思考力」の習得です。日本の中小企業経営者に求められているのは、現実を直視する勇気と、変化に適応するための知恵です。コッターが示すように、まず危機感を社内で共有し、5つの戦略を個別対応でなく統合計画として実行することが、人口減少時代を生き抜く唯一の道です。
渋沢栄一の「論語とそろばん」が示すように、人を大切にする道義と、数字に基づく計画的経営の両方を併せ持つことが、構造変化の時代を生き抜く経営の本質です。
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合同会社エバーグリーン経営研究所
経営コンサルタント 長瀬好征
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