Block a practical cash management · HTML
前回の記事(会計数値と実態の違い)で「なぜ試算表の数字で経営判断できないのか」をお伝えしました。今回は、実務で本当に使える資金管理の具体的な方法をご紹介します。
帝国データバンクの「全国企業倒産集計2025年度報」(2026年4月公表)では、2025年度の倒産件数が1万1,027件(負債1,000万円以上)に達しました。その中に含まれる多くの会社では、「会計システム上の入金予定」と「実際の口座への振込日」のズレを正確に管理できていませんでした。
例えば、A社という得意先がいるとします。会計システム上の支払いサイトは締め後60日となっていますが、実際には毎月5日締め・翌々月20日支払いで、しかも四半期末には2〜3日遅れる傾向があります。この「実際の振込日のクセ」を把握していなければ、月末の資金繰り計算は絵に描いた餅です。
この記事では、30社以上の財務改善支援で実際に導入してきた「5つの資金管理システム」を、実例と運用ルールとともに解説します。
東京大学の経営学者・高橋伸夫は著書において、人間が不確実な将来を「見通す」行為について分析しました。高橋は「見通しを立てることへの不安」が、人を行動から遠ざける心理的メカニズムを指摘しています。
— 高橋伸夫(東京大学大学院経済学研究科 教授)
「入金予定の管理なんて、だいたいわかっている」——こう言う社長は多いです。しかし高橋が示すように、「だいたい」という曖昧さは、正確な数字を作ることへの不安から来ています。「A社が今月来るかどうかわからない」という不確実性に向き合うことを避けるために、「たぶん大丈夫」と思い込む。
これは怠慢ではなく、人間の自然な心理的防衛反応です。しかし、資金繰りにおいてこの防衛反応は致命的です。
支援先の製造業I社(年商2.3億円)では「今月末の資金繰りは頭の中でだいたいわかっている」という社長が、実際に得意先別・日付別の入金予定表を初めて作成したとき、8月末に220万円の不足が発生することが判明しました。「だいたいわかっている」という感覚と、紙に書き出した実態には、220万円の差があったのです。
「見通しを数字で描く不安」を超えた社長だけが、資金ショートを事前に察知できます。5つのシステムは、この「不安を超えて見通しを立てる仕組み」として設計されています。
資金管理の基本は、入金予定と出金予定を日次で把握することです。しかし、ここで重要なのは会計システムの数値ではなく、実際の取引に基づいた管理です。
A社:会計システム上「締め後60日」→ 実際は毎月5日締め・翌々月20日振込・四半期末は2〜3日遅れ
B社:「手形」→ 実際は120日手形が主体、一部は90日混在・決算期前後は条件変更あり
C社:「現金」→ 実際は週次の自動振込だが、月末最終週は翌月1日になるパターンが常態化
これらのズレを「だいたい」で管理していると、月末の残高予測は必ず狂います。実態ベースの資金管理とは、このような「実際の取引のクセ」を得意先ごと・仕入先ごとに記録し、それをベースに資金繰り計画を立てることです。
製造業I社(年商2.3億円、従業員19名)での実装過程を紹介します。
I社の社長が振り返って言った言葉が印象的でした。「高橋先生(の著書)で言われている通り、数字で見通しを立てることへの不安が最初はありました。でも一度やってみたら、むしろ『知らない方が怖い』と思えるようになりました」。
実態ベースの資金管理は、「不確実性を直視する勇気」から始まります。しかし直視した先には、事前対策の余地が生まれます。
「日々損益を明らかにしないでは寝につかぬ」——近江商人が300年にわたって守り続けてきた商売の原則です。
— 近江商人の商法心得(伝承)
近江商人が「日々」にこだわったのは、「毎日の実態ベースの把握」が遅れを最小化するからです。月次決算を見るだけでは、問題が発生してから約30日後に初めて気づくことになります。日次で入金・出金を把握している経営者は、問題を「発生した日」に気づくことができます。
古典『礼記』の「入りを量りて出を制す」も、同じ原理を示しています。「量る」とは推測ではなく、実態として数値化することです。会計システムが示す「理論値の入金」ではなく、得意先の実際の振込日という「実態の入金」を量ることが、真の資金管理の出発点です。
ルール1:週次15分の確認ルーティン — 毎週金曜日の終業前15分で、翌週の入金予定と出金予定を確認する習慣を作る
ルール2:入金遅延の即日報告体制 — 予定入金が来なかった場合、当日中に経営者に報告するルールを設定する
ルール3:月次レビューでの差異原因の記録 — 予定と実績のズレを毎月記録し、翌月以降の予測精度向上に活用する
実践的資金管理の本質は「会計システムの数字への依存から、実際の取引実態への転換」です。高橋伸夫が示す「見通しを立てることへの不安」を超えて、得意先ごとの実際の入金パターンを記録し続けることが、5つのシステムの出発点です。
近江商人が「日々損益を明らかにする」と言い続けたのは、この実態把握の継続こそが商いの基盤だからです。I社が資金ショートを回避できたのは、特別な財務スキルがあったからではなく、「実態を数字で可視化した」という一つの行動があったからです。
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合同会社エバーグリーン経営研究所
経営コンサルタント 長瀬好征
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