「今期は1,000万円の利益が出ました」
このような報告を受けたとき、多くの社長は「会社に1,000万円のお金が増えた」
とイメージしがちです。
しかし、実際に銀行口座を確認すると、そこには期待したほどの現金はなく、
困惑した経験はありませんか?
この違和感の正体は、「利益」が実は「概念」に過ぎないという点にあります。
利益とは数字上の計算結果であり、必ずしも実際の現金増加を意味するものでは
ないのです。
今回は、財務初心者の社長が最も混乱しやすい「利益の概念性」について解説し、
その本質を理解することで、より賢明な経営判断ができるようになることを目指
します。
まず最も重要な真実から始めましょう:利益は実在しません。
これは驚くべき事実かもしれませんが、利益とは純粋に会計上の概念であり、
物理的に触れることも、引き出すこともできないものです。
利益は、一定のルール(会計基準)に従って計算された「結果」に過ぎません。
利益の概念性を理解するためのカギとなるのが、「売上計上」と「入金」の違いです。
例えば、12月に商品を納品して売上を計上し、請求書を発行したとしましょう。
支払条件が翌月末なら、実際に入金されるのは翌年1月末です。
12月の決算では「売上」として計上されますが、実際のお金は年を越えてから入ってきます。
このように、売上(収益)の計上と実際の入金(現金の増加)は、タイミングがずれる
のが普通なのです。
同様に、「費用計上」と「支出」も別物です。
最もわかりやすい例は減価償却費です。
例えば1,000万円の機械を購入した場合、キャッシュの流出は購入時の
1,000万円ですが、費用として計上されるのは使用年数(例えば10年)
に分散されます(年間100万円×10年)。
購入時に現金は大きく減りますが、費用計上は少額ずつ行われるのです。
逆に、来年の展示会の出展料を前払いした場合、支出は今年発生してい
ますが、費用計上は実際に展示会が開催される来年になります。
では、なぜ利益が出ていても現金が増えないという事態が生じるのでしょうか。
主な原因は以下の5つです。
1. 売掛金の増加
売上が拡大している会社でよく見られる現象です。
売上は増えているものの、その多くが売掛金(まだ回収されていない債権)と
して残っている状態です。
例: 年商1億円から1.2億円に成長した会社で、平均回収期間が2ヶ月の場合
、売掛金は約3,300万円(1.2億円÷12ヶ月×2ヶ月)に増加します。
売上増加の2,000万円のうち、約3,300万円が売掛金に変わっているため、
むしろ現金は減少する可能性があります。
2. 棚卸資産(在庫)の増加
売上拡大に備えて在庫を増やした場合も、利益と現金の乖離が生じます。
例: 売上増加を見込んで通常より500万円多く仕入れを行った場合、
この500万円は費用ではなく資産(在庫)として計上されます。
損益計算書上は影響がありませんが、現金は500万円減少します。
3. 固定資産の購入
事業拡大のための設備投資も、利益と現金の大きな乖離を生みます。
例*: 2,000万円の新設備を購入した場合、現金は即座に2,000万円減少します。
しかし費用としては、耐用年数が10年なら年間200万円ずつ計上されるだけです。
利益への影響は限定的でも、現金への影響は甚大です。
4. 借入金の返済
借入金の返済も、利益計算には含まれない重要な現金流出です。
例: 月々50万円の返済がある場合、年間600万円の現金が流出します。
しかし、この返済額のうち損益計算書に影響するのは金利分のみで、元本返済
は貸借対照表上の負債が減少するだけです。
5. 税金の支払い
前期の利益に対する法人税等の支払いも、今期の現金を減少させる要因です。
例: 前期に2,000万円の利益があり、法人税等が600万円発生した場合、この
支払いは今期の現金を減少させます。
今期の業績が悪化していると、この支払いが大きな負担になることがあります。
「利益」という言葉は一般的に使われますが、実は複数の種類があります。
それぞれの意味と違いを理解することが、財務リテラシーの重要な一歩です。
1. 売上総利益(粗利)
売上から売上原価を差し引いたもので、商品やサービスの基本的な収益力を示します。
計算式: 売上 – 売上原価
粗利率(粗利÷売上)は、業種ごとに適正水準が異なりますが、自社の推移を見ること
で、価格決定力や原価管理の適切さを判断できます。
2. 営業利益
粗利から販売費および一般管理費を差し引いたもので、本業の収益力を示す最も重要な
指標です。
計算式: 売上総利益 – 販売費及び一般管理費
営業利益率(営業利益÷売上)は、経営効率の良さを判断する重要な指標です。
同業他社と比較することで、自社の競争力を評価できます。
3. 経常利益
営業利益に営業外収益を加え、営業外費用を差し引いたものです。
本業に財務活動の結果を加味した利益です。
計算式: 営業利益 + 営業外収益 – 営業外費用
金融機関は経常利益を重視する傾向があります。
借入金の利息支払い後も十分な利益が残るかを見るためです。
4. 当期純利益
経常利益に特別利益を加え、特別損失と税金を差し引いたもので、最終的な
利益を示します。
計算式: 経常利益 + 特別利益 – 特別損失 – 法人税等
最終的な利益ですが、特別損益には一時的な要素が含まれることが多いため、
継続的な収益力を見るには営業利益や経常利益の方が適しています。
利益の概念性を理解したうえで、実際の経営ではどのようにして利益と現金の
バランスを取れば良いのでしょうか。
1. 「実質利益」の把握
会計上の利益だけでなく、実質的な手元現金の増減を把握することが重要です。
実践方法:
– 月次で「利益」と「現金増減」を並べて確認する
– 両者の差異を分析し、原因を理解する
– 大きな乖離がある場合は、経営判断を見直す契機とする
2. 「利益」と「運転資金需要」のバランス
成長期には特に、利益が出ていても運転資金が不足するリスクがあります。
実践方法:
– 売上増加に伴う運転資金増加を事前に試算する
– 売掛金・在庫・買掛金のバランスを定期的に確認する
– 必要な運転資金を確保してから成長投資を行う
3. 「13週資金繰り表」の活用
短期的な資金繰りを把握するためのツールとして、13週(約3ヶ月)先までの
資金繰り表を活用します。
実践方法:
– 週単位での入出金予測を作成する
– 「確定」と「見込み」を区別して記入する
– 毎週末に実績との差異を分析し、予測精度を高める
4. 「現金転換サイクル」の短縮
利益を早く現金化するためには、売上から入金までのサイクルを短縮することが効果的です。
実践方法:
– 請求サイクルの短縮(月1回→半月ごとなど)
– 入金条件の見直し(早期入金割引の導入など)
– 在庫回転率の向上(適正在庫水準の設定)
– 支払条件の最適化(キャッシュ・アウトの調整)
まとめ:利益の概念を味方につける
「利益は概念である」という理解は、社長にとって混乱の種ではなく、むしろ
経営の質を高める強力な武器となります。
利益の本質を理解することで、以下のような経営判断ができるようになります:
急速な成長が必ずしも財務的に健全とは限らないことを理解し、現金創出能力に
見合った成長ペースを選択できる
設備投資が短期的な現金減少をもたらすことを踏まえ、投資タイミングと規模
を適切に設定できる
将来の資金需要を予測し、資金繰りが逼迫する前に適切な調達手段を講じられる
単に「黒字」「赤字」という表面的な判断ではなく、財務諸表が示す本質的な
メッセージを読み取れる
利益が概念であることを理解したうえで、その概念と現実の現金の動きを結びつけて
考えられる社長は、財務的に強靭な会社を築くことができるでしょう。
「利益」と「現金」、この二つの異なる尺度をバランスよく管理することこそ、持続
可能な経営の要諦なのです。
次回は「実在する現金」の本当の意味について、さらに深く掘り下げていきます。お楽しみに!