この記事は「売上・利益・現預金・資金繰り」完全ガイド【第5回/全8回】です。
この報告を受けた社長が期待通りの現金を口座に見つけられず困惑する——そういう場面を、私は支援現場で何度も目にしてきました。「利益が出た=会社にお金が増えた」という等式は、残念ながら成り立ちません。
あるサービス業の社長は、税理士から「今期は過去最高益です」と報告を受けた翌週に、私に電話をかけてきました。「なぜか口座残高が先月より少ないんです」と。利益800万円が計上されていたその期、売掛金が1,200万円増加し、設備ローンの返済が年間480万円あったのですから、現金が減るのは当然の話でした。しかし社長は「利益=現金」と信じていたのです。
この違和感の正体は、「利益」が実は「概念」に過ぎないという点にあります。利益とは数字上の計算結果であり、必ずしも実際の現金増加を意味するものではないのです。
経営コンサルタントとして多くの社長を支援してきた私が断言できることがあります。「利益は概念である」という認識を持っているかどうかで、社長の財務判断の質は劇的に変わります。この記事では、財務初心者の社長が最も混乱しやすい「利益の概念性」を、現場で見てきた実例とともに解説します。
まず最も重要な真実から始めましょう——利益は実在しません。
これは驚くべき事実かもしれませんが、利益とは純粋に会計上の概念であり、物理的に触れることも、引き出すこともできないものです。利益は、一定のルール(会計基準)に従って計算された「結果」に過ぎません。
私がこの認識の重要性を最も強く感じたのは、ある小売業の社長との対話でした。「先生、なぜ黒字なのに給料日前になると口座が心配なんですか」——この一言が、利益と現金の乖離を説明する最も素直な問いでした。社長は損益計算書を眺めながら「利益が出ている=会社は安全だ」と信じ込んでいた。しかしそれは幻想です。
12月に商品を納品して売上を計上し、支払条件が翌月末なら、実際の入金は翌年1月末です。12月の損益計算書では「売上」として利益に貢献しますが、実際のお金は年を越えてから入ってきます。
費用の側でも同じことが起きます。1,000万円の機械を購入したとき、現金は即座に1,000万円減少します。しかし費用(減価償却費)は耐用年数10年なら年間100万円ずつの計上です。損益計算書への影響は限定的でも、現金への打撃は甚大です。
本質:損益計算書が示す利益は「会計ルールに従った計算結果」であり、「手元現金の増加額」ではありません。この認識がすべての財務判断の出発点です。
では、なぜ利益が出ていても現金が増えないという事態が生じるのでしょうか。支援現場で繰り返し見てきた5つのパターンを、実例とともに解説します。
売上が拡大している会社でよく見られる現象です。売上は増えているものの、その多くが売掛金(まだ回収されていない債権)として残っている状態です。
年商1億円から1.2億円に成長した会社で平均回収期間が2ヶ月の場合、売掛金は約2,000万円(1.2億円÷12ヶ月×2ヶ月)に増加します。売上増加の2,000万円が、そのまま売掛金として滞留するため、むしろ現金が増えないどころか減少することもあります。「成長しているのになぜ苦しいのか」——この問いの答えがここにあります。
売上拡大を見込んで在庫を増やした場合も、利益と現金の乖離が生じます。
通常より500万円多く仕入れを行った場合、この500万円は費用ではなく資産(在庫)として計上されます。損益計算書上は影響がありませんが、現金は500万円減少します。在庫は「現金が形を変えたもの」という認識が重要です。棚卸資産として貸借対照表に計上されていても、それは現金ではありません。
事業拡大のための設備投資も、利益と現金の大きな乖離を生みます。
2,000万円の新設備を購入した場合、現金は即座に2,000万円減少します。しかし費用としては、耐用年数が10年なら年間200万円ずつ計上されるだけです。利益への影響は年間200万円に留まりますが、現金への打撃は購入した期に2,000万円として集中します。前述のサービス業の社長が経験したのも、まさにこのパターンでした。
借入金の返済も、利益計算には現れない重要な現金流出です。
月々50万円の返済がある場合、年間600万円の現金が流出します。しかし、この返済額のうち損益計算書に影響するのは利息分のみです。元本返済は貸借対照表上の負債が減少するだけで、利益には影響しません。「利益が出ているのに借入返済が苦しい」という状況は、これが原因です。営業利益が500万円あっても、元本返済が600万円あれば、現金は毎年100万円ずつ減ります。
前期の利益に対する法人税等の支払いも、今期の現金を大きく減少させます。
前期に2,000万円の利益があり法人税等が600万円発生した場合、この支払いは今期の現金を減少させます。今期の業績が悪化しているときにこの支払いが重なると、二重の苦しさになります。利益が出た喜びの翌期に「税金が払えない」という事態は、利益と現金の乖離を最もリアルに感じさせる体験です。
上記5つのパターンは単独で発生することはほとんどなく、多くの場合、複数が同時に起きています。売上が増えて売掛金も膨らみ、それに対応するため設備投資もして、借入返済も続いている——こういう状況で「利益は出ているのに」と言う社長を、私はこれまで何度も支援してきました。利益という概念に安心して現金の流れを見ていなかったことが、危機を見えにくくしていたのです。
「利益」という言葉は一般的に使われますが、実は複数の種類があります。財務の全体像を理解するうえで、それぞれの意味と違いを把握することが重要です。
経営コンサルタントとして社長に最初に伝えるのは「利益の種類のうち、最も重要なのは営業利益だ」ということです。粗利から固定費(人件費・家賃・減価償却費)を引いた後に残る数字であり、本業がどれだけ稼げているかを純粋に示します。
ただし、その営業利益が「現金」ではないことを忘れてはなりません。営業利益が500万円あっても、売掛金が増えていれば現金は増えていない。この「利益≠現金」の感覚を持つことが、財務を武器にする社長の基本姿勢です。
利益の概念性を理解したうえで、実際の経営ではどのようにして利益と現金のバランスを取ればよいのでしょうか。支援現場で効果を確認してきた4つのアプローチを紹介します。
会計上の利益だけでなく、実質的な手元現金の増減を毎月並べて確認します。「今月の営業利益はXX万円、現金増減はYY万円、その差ZZ万円の原因は何か」という問いを習慣化することで、財務の実態が見えてきます。大きな乖離があれば、それが経営判断の見直しを迫るシグナルです。
短期的な資金繰りを把握するために、13週(約3ヶ月)先までの週次資金繰り表を作成します。「確定入金」と「見込み入金」を区別して記入し、毎週金曜日に実績と差異を分析する。利益ではなく「実際に入るお金と出るお金のタイミング」を管理するこのツールが、資金ショートの事前察知に最も有効です。
利益を早く現金化するためには、売上から入金までのサイクルを短縮することが効果的です。請求サイクルの短縮(月1回→半月ごと)、早期入金割引の導入、在庫回転率の向上——これらは損益計算書の数字を変えなくても現金の流れを劇的に改善します。私が支援した企業では、回収サイトを30日短縮しただけで資金繰り余裕が大幅に改善した例が複数あります。
急速な成長が必ずしも財務的に健全とは限りません。売上増加に伴う運転資金増加を事前に試算し、必要な資金を確保してから成長投資を行う順序が重要です。「成長するために資金が必要」と気づいたときには手遅れということが起きやすい。資金需要を先読みして、余裕のあるうちに金融機関と相談することが先見性ある財務経営の要諦です。
「利益が出た=現金が増えた」という等式は成り立ちません。売掛金の増加・在庫の増加・設備投資・借入返済・税金支払いという5つのパターンが、利益と現金の乖離を生み出します。
利益の種類を理解し、最も本業の実力を示す営業利益を毎月確認しながら、その裏側にある現金の動きを13週資金繰り表で先読みする——これが財務に強い社長の習慣です。
次回は「実在する現金」の本当の意味について、さらに深く掘り下げます。現金残高の水準と経営体力の関係を、具体的な数字とともに解説します。
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経営コンサルタント 長瀬好征
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