今回は、 資金繰りが整わなければ会社は成長できない、です。
「もっと売上を増やさなければ」
「今年は前年比110%達成が目標だ」
「売上さえ上がれば、全ての問題は解決する」
このような考えを持つ社長は数多くいます。
確かに、売上の増加は企業成長の重要な要素です。
しかし、多くの中小企業が見落としている真実があります
—売上の増加が必ずしも会社の成長や安定につながるわけではないということです。
驚くべきことに、急激な売上増加が企業を倒産に追い込むケースは珍しくありません。
いわゆる「黒字倒産」の多くは、売上拡大に伴う資金需要の増加が、会社の資金繰り
能力を超えてしまうことで発生します。
なぜ「資金繰りの安定なくして真の成長なし」なのか、そして無理な売上拡大が
どのように会社の成長を阻害するのかを説明します。
まず、売上増加が必ずしも喜ばしいことばかりではない理由を理解しましょう。
多くのビジネスでは、商品やサービスの提供(売上計上)と代金回収(現金入金)
の間にタイムラグがあります。
売上が急増すると、このタイムラグが資金繰りを圧迫します。
例:製造業A社の場合
A社は部品製造会社で、取引条件は「納品後90日支払い」が一般的です。
年商1億円(月平均833万円)の状態から、大口顧客を獲得して売上が月1,200万円に増加しました。
– 前の状態:売掛金残高 約2,500万円(833万円×3ヶ月)
– 売上増加後:売掛金残高 約3,600万円(1,200万円×3ヶ月)
この差額1,100万円は、まだ入金されていない「紙の上の資産」です。
しかし、この売上増加に対応するために、A社は以下の資金を先に支出しなければなりません:
– 原材料の仕入代金
– 増産のための残業代や追加人員の人件費
– 拡大した生産スペースの家賃や設備費
結果として、売上は増えたのに資金繰りは悪化し、A社は運転資金の確保に苦労することになりました。
売上拡大に備えて在庫を増やすことは自然な経営判断ですが、これが資金を大量に消費します。
例:小売業B社の場合
アパレル小売店のB社は、来シーズンの売上目標を前年比120%に設定しました。
これに合わせて仕入れも20%増やしたところ、以下の事態が発生しました:
– 仕入資金が20%増加(500万円→600万円)
– この100万円の追加資金は即時に必要
– しかし、増加した売上からの回収は3〜4ヶ月後
さらに、天候不順により客足が鈍り、想定より在庫が売れませんでした。
その結果、B社は資金ショートの危機に直面し、緊急のセールで在庫を処分せざるを
得なくなりました。
本来なら利益が出るはずの商品を原価割れで販売することになり、結果的に収益を
悪化させたのです。
売上増加に合わせて人員、設備、オフィススペースなどを拡大すると、固定費が上昇します。
これらは売上が減少しても簡単には削減できません。
例:サービス業C社の場合
IT開発会社のC社は、大型プロジェクトを獲得して売上が50%増加しました。
これに対応するため、以下の対応を行いました:
– エンジニアを5名増員(月額人件費500万円増)
– オフィスを拡張(月額家賃30万円増)
– 開発環境を増強(月額システム費用20万円増)
しかし、大型プロジェクトが完了した後、次のプロジェクトの獲得が遅れ、売上は
元の水準に戻りました。
一方、固定費は高いままで、C社は急速に資金を消費し始めました。
結果的に、優秀なエンジニアの解雇や、不利な条件での契約受注など、苦しい決断を
迫られることになりました。
続いて、なぜ資金繰りの安定が会社の真の成長にとって不可欠なのかを見ていきましょう。
安定した資金繰りは、社長に「選択の自由」を与えます。資金繰りに追われる社長は、
以下のような不利な選択を強いられることがあります:
– 本来なら断りたい低利益率の仕事を受ける
– 値引き要求に応じざるを得ない
– 本来なら続けたい優秀な人材を手放す
– 将来有望な投資機会を見送る
対照的に、資金繰りに余裕がある会社は、長期的な視点で最適な判断ができます。
これが持続的な成長の土台となります。
ビジネスには予期せぬ危機がつきものです。
コロナ禍のような外部環境の激変、大口顧客の倒産、主要設備の故障など、様々な
危機に直面することがあります。
資金繰りに余裕がある会社は、こうした危機を乗り越える「耐性」を持っています。
一方、ギリギリの資金繰りで経営している会社は、小さなショックでも致命的な
ダメージを受けかねません。
資金に余裕がある会社は、取引先との交渉で有利な立場に立つことができます。
例えば:
– 仕入先に対する値引き交渉
– 支払条件の交渉(支払いサイトの延長など)
– 顧客に対する適正価格の維持
– 銀行との融資条件交渉
これらの交渉力の差が、長期的には大きな収益性の差につながります。
市場には常に新たな投資機会が存在します。
競合他社が売りに出された時、新技術が登場した時、好立地の物件が空いた時など、
チャンスを活かすには「即断即決」が必要な場面があります。
資金繰りに余裕がある会社は、こうした機会を逃さず活かせます。
一方、日々の資金繰りに追われる会社は、明らかに有益な投資機会も見送らざるを
得ないことがあります。
従業員は社長が思う以上に、会社の資金状況に敏感です。
給与の支払いが遅れる、経費の精算が滞る、設備投資が先送りされるなど、資金繰り
の悪化は様々な形で現場に伝わります。
資金繰りが安定していれば、従業員は安心して働くことができ、生産性や創造性が
高まります。
これが会社の本質的な競争力を形成するのです。
それでは、資金繰りを整えて健全な成長を実現するための具体的なポイント
を見ていきましょう。
すべての売上が等しく価値あるわけではありません。
以下の要素を考慮して、「質の高い売上」に集中しましょう:
– 利益率の高い売上:粗利率30%の売上100万円は、粗利率10%の売上300万円より価値があります
– 回収サイクルの短い売上:支払サイト30日の売上は、90日の売上より資金効率が高いです
– リピート性の高い売上:継続的な取引は、営業コストが低く安定しています
急成長は魅力的ですが、自社の資金調達力と資金創出力に見合ったペースで成長することが重要です。
– 月商の何倍の運転資金が必要か把握する(業種により1〜3ヶ月分が目安)
– 売上増加率に応じた追加資金需要を事前に試算する
– 資金調達可能額を考慮して、適切な成長ペースを設定する
13週(約3ヶ月)先までの資金の動きを週単位で予測する「13週資金繰り表」は、資金管理の
強力なツールです。
-毎週金曜日に翌週以降の予測を更新する
– 入金・支出の確度に応じてランク付けする(確定/高確率/低確率)
– 資金不足が予測される週の2ヶ月前から対策を講じる
在庫と売掛金は「凍結された現金」と言えます。
これらを最適化することで、多くの資金を解放できます。
– 売れ筋商品と死に筋商品を明確に分類する(ABC分析)
– 適正在庫水準を設定し、過剰在庫を削減する
– 請求書発行タイミングを早める(月末一括→納品時など)
– 入金条件の見直しを行う(前受金の導入、支払いサイトの短縮など)
固定費比率が高いビジネスは、売上変動の影響を受けやすく資金リスクが高まります。
– 可能な限り固定費を変動費化する(正社員→業務委託、所有→リースなど)
– 新規の固定費支出には慎重になる(オフィス拡張、正社員雇用など)
– 季節変動の大きい事業は、特に固定費比率を低く抑える
予期せぬ事態に備えて、一定の「安全資金」を確保しておくことが重要です。
– 最低でも月間固定費の2〜3ヶ月分を維持する
– 季節変動の大きい事業は、閑散期に向けた準備を怠らない
– 大型投資や返済がある場合は、それらを加味したバッファーを設定する
資金調達手段を複数持つことで、緊急時の対応力が高まります。
– メインバンク以外の金融機関とも関係を構築しておく
– 当座貸越枠などの緊急時対応手段を事前に確保する
– ファクタリングやリースなど、代替的な資金調達手段も検討する
高い建物には強固な基礎が必要なように、企業の持続的な成長には
安定した資金繰りという土台が不可欠です。
売上の拡大は確かに重要な目標ですが、それは資金繰りの安定という条件が
あってこそ、本当の成長につながります。
資金繰りを無視した売上至上主義は、砂上の楼閣を築くようなものです。
理想的なのは、「資金繰りの安定」と「適切な成長」が好循環を生み出す状態です。
資金繰りが安定しているからこそ良質な成長が可能となり、良質な成長がさらに
資金繰りを安定させる—この好循環こそが、持続可能な企業成長の王道です。
売上至上主義からの脱却と資金繰り重視への転換が、あなたの会社の真の成長への
第一歩になるでしょう。