メルマガ129回 「現状把握から始める財務経営」―現場の経営者が直面する真の課題

2025.05.07

 

「現状把握から始める財務経営」―現場の経営者が直面する真の課題

 

 

「ファイナンス」という遠い世界

 

多くの社長にとって、「ファイナンス」は実は魔法のような存在かもしれません。

高度な数学、専門用語が飛び交う議論、現場から遠く離れた抽象的な概念…。

「自分には関係ない」

「そんな余裕はない」

と思われている方も少なくないでしょう。

しかし、この認識こそが変わるべき最初の一歩なのです。

 

 

現実は「PDCA」ではない

 

理想的な経営論では「PDCAサイクルを回せ」と言われますが、多くの中小企業の現場では、

そもそも「P(計画)」を立てるためのデータすら揃っていないのが現実です。

 

なので、出発点は、「現状把握」をいかにするのか?です。

 

会計知識―現状把握のための基本ツール

 

ここで重要なのが会計の基本知識です。

「会計」は単なる数字の羅列ではなく、会社の現状を映し出す鏡です。

多くの社長は「会計=簿記」と誤解していますが、仕訳はあくまで会計の「単語」に過ぎません。

会計とは、企業活動を財務情報として表現する「言語体系」なのです。

それは無味乾燥なものではなく、「いかに会社の実態を正確に表現するか」という長年の思考と実践の積み重ねです。

 

さらに重要なのは、会計基準は法律や時代の情勢に強く影響される生きた体系だということです。

国際会計基準(IFRS)や収益認識基準の変更など、会計ルールの変化は経営の見え方自体を変えます。

社長に求められるのは、財務諸表を文字通り「読む」ことではなく、その背後にある自社の経営実態を把握する力です。

 

例えば:

  • 資金繰りが厳しい状況で、貸借対照表は何を語っているか? ―― 流動資産と流動負債の内訳を見れば、                             本当のボトルネックが売掛金回収の遅れなのか、在庫過多なのか、あるいは短期借入への過度な依存なのかが見えてきます。
  • 売上は伸びているのに利益が出ない理由は損益計算書のどこに現れているか? ―― 売上総利益率の低下は価格競争の激化を、販管費率の上昇は組織の肥大化や非効率を示唆します。                                                          どの費用項目が売上伸長に比例せず増加しているかを知ることで、具体的な手を打てます。
  • 運転資本の増減が示すビジネスモデルの特性とは? ―― 売上が伸びるほど運転資本が増加するビジネスは、成長資金の確保が常に課題となります。逆に、前受金型のビジネスモデルでは、成長そのものが資金を生み出します。自社のキャッシュフロー構造を理解することは、成長戦略の前提条件です。

これらの読み解きは、高度な財務理論よりも先に身につけるべき基礎的な視点です。

 

不確実性の時代の舵取り

 

トランプ政権の関税政策、ウクライナ情勢、パンデミックの余波、急速なテクノロジー変化、地政学的リスク

—現代の経営環境は予測不可能性に満ちています。

この状況で求められるのは、遠い未来の精緻な予測ではなく、「変化を素早く感知し、対応する能力」です。

そのためには:

  1. シグナルを捉える感度: 財務数値の変化から市場の変化を読み取る
  2. 複数シナリオの準備: 最悪・最良・最も可能性の高いケースを想定する
  3. 意思決定の迅速さ: 完璧な情報がなくても判断するための枠組みを持つ

 

経営者が最初に身につけるべき財務の視点

 

では具体的に、まず何から始めるべきでしょうか?

  1. キャッシュフローの把握: 日次・週次の資金繰りから始める
  2. 損益分岐点の理解: 固定費と変動費の区別、限界利益の考え方
  3. 運転資本の管理: 在庫・売掛金・買掛金のサイクルを理解する
  4. 投資判断の基本: 投資回収期間の単純計算から始める
  5. バランスシートの健全性: 自己資本比率や流動比率の意味を知る

これらは難解な理論ではなく、日々の経営判断に直結する実践的な視点です。

 

 

ファイナンスの本質―「検証可能性」

 

ファイナンスの最も重要な教えは、実は「経験と勘だけに頼らない経営」です。

仮説を立て、検証する。数字で語れる部分は数字で語る。これが検証可能な経営の核心です。

完璧なデータがなくても、「今ある情報で最善の判断をする」ための枠組みとして、ファイナンスの基本概念は役立ちます。

 

 

おわりに―現実的な一歩から

 

財務やファイナンスの知識は、一気に身につけるものではありません。

今日から始められる小さな一歩として、例えば:

  • 毎週末の15分間、今週の数字を見て「なぜ」を考える習慣
  • 月次決算を単なる報告書ではなく「対話のきっかけ」として活用する
  • 投資判断を「勘」だけでなく、シンプルな数値検証を加える

このような小さな積み重ねが、やがて経営の質を変えていきます。