「売上が伸びていれば会社は安泰だ」
「利益が出ていれば経営は順調だ」
こうした考え方は、多くの経営者に共通する認識です。
確かに、売上の成長や利益の確保は重要な経営目標です。
しかし、実は経営において最も重要なのは、それらよりも「資金繰り」なのです。
なぜなら、資金繰りの破綻は企業の即時的な「死」を意味するからです。
売上が一時的に落ち込んでも、
利益が一時的に減少しても、
会社は生き延びることができます。
しかし、資金繰りが破綻した瞬間、たとえ大きな利益を計上していたとしても、活動を
停止せざるを得ません。
実際、「黒字倒産」という言葉があるように、利益を出しながらも資金ショートで倒産
する会社は少なくありません。
なぜ資金繰りが売上や利益よりも重要なのか、そして健全な資金繰りをどう維持すべきか
を解説します。
まず、経営者がしばしば混同する4つの概念の違いを整理しましょう。
売上は、商品やサービスを提供した時点で計上される「約束された対価」です。
重要なのは、売上が立った時点では必ずしも「現金」が入ってくるわけではない
ということです。
多くの場合、売掛金という「将来入金される予定のお金」の形を取ります。
利益は、売上などの収益から、原価や経費などの費用を差し引いた「概念上の残り」
です。
こちらも重要なのは、利益は必ずしも「手元に残った現金」を意味するわけではない
ということです。
減価償却費のような実際の現金支出を伴わない費用や、売掛金のようにまだ現金化し
ていない収益も含めて計算されます。
預貯金残高は、ある特定の時点での現金保有量を示します。
これは実在する「お金」ですが、単なる「量」の指標であり、将来の入出金を考慮して
いません。
また、資金の動きの傾向や将来の必要額を示すものでもありません。
資金繰りは、これら3つとは全く異なる概念です。
資金繰りとは「必要な時に必要な場所に必要な金額のお金を確保できるようにする」
ための活動と管理を指します。
過去・現在・未来にわたる「お金の流れ」を総合的に捉え、管理するものです。
それでは、なぜ資金繰りが売上や利益よりも重要なのか、具体的な理由を見ていきましょう。
売上目標は達成できなくても「来月挽回しよう」と言えます。
利益が計画を下回っても「下期で取り戻そう」と言えます。
しかし、資金繰りには猶予がありません。
従業員の給料、仕入先への支払い、税金、借入金の返済—これらの支払いは予定通りに
行わなければなりません。致命的な事態を招きかねません。
例:
小売業A社は年商1億円、利益率5%の健全な会社でした。
しかし、急速な店舗拡大に伴う資金需要を見誤り、ある月の家賃と従業員給与の支払いに
間に合わせるキャッシュが不足。
結果、従業員の退職や店舗立ち退きの危機に直面し、事業継続が危ぶまれる事態となりま
した。
決算書上は「順調な成長企業」でありながら、資金繰りの破綻で存続の危機に立たされたのです。
「売上も利益も好調なのに倒産」というケースは珍しくありません。
これが「黒字倒産」です。
利益を出している会社が倒産する主な原因は、資金繰りの破綻にあります。
例:
製造業B社は大型受注を獲得し、売上・利益ともに過去最高を記録していました。
しかし、原材料の仕入れや人件費の支出が先行する一方、受注案件の入金は納品から90日後。
急速な事業拡大によって資金需要が膨らみ、ついに運転資金が枯渇。
利益率の高い大型案件を抱えながらも、資金ショートにより倒産という悲劇を迎えました。
皮肉なことに、急成長する企業ほど資金繰りが厳しくなりがちです。
売上の増加は、売掛金や在庫の増加、設備投資の拡大などを通じて、むしろ資金需要を増大
させます。
この「成長の罠」を理解せずに事業拡大を進めると、資金ショートに陥るリスクが高まります。
例:
IT企業C社は、創業3年目に売上が前年比200%に急成長。
しかし、新規顧客向けのシステム開発には先行投資が必要で、入金は開発完了後。売上増加に
伴い人員も倍増させたため、毎月の人件費負担も大幅に増加。
銀行は創業間もない企業への融資に慎重で、結局、資金繰りが行き詰まり、成長の真っ只中
で事業継続を断念せざるを得なくなりました。
ビジネスには常に予期せぬ事態がつきものです。
取引先の倒産、市場環境の急変、災害、パンデミック—こうした事態に対応できるのは
「手元資金」のみです。売上や利益がいくら良くても、それだけでは突発的な危機に
対応できません。
例:
サービス業D社とE社は、同業の競合であり、ともに順調な業績を上げていました。
しかし、コロナ禍の突然の到来で両社とも売上が70%減少。
D社は「売上と利益の最大化」を重視し、手元資金を最小限に抑えていたため、3ヶ月
で資金が枯渇し、廃業に追い込まれました。
一方、E社は「万が一の備え」として月間固定費の6ヶ月分の手元資金を維持していたた
め、厳しい時期を乗り切り、競合の撤退後にシェアを拡大することができました。
優れた資金繰り管理は、リスク回避だけでなく、チャンスを活かすためにも不可欠です。
競合他社の事業譲渡、好立地の不動産、有利な条件での仕入れ—こうした突発的な好機を
活かせるかどうかは、即時の資金動員力にかかっています。
例:
小売業F社とG社は、ともに業績好調でしたが、F社は利益を最大化するため最低限の預金残高
で運営し、G社は戦略的に余剰資金を確保していました。
大手競合チェーンが撤退を決めた際、好立地の店舗を引き継ぐ機会が突如訪れましたが、
F社は資金調達に時間がかかり、チャンスを逃しました。
一方、G社は迅速に資金を投入して店舗を取得し、結果的に売上を大きく伸ばすことができました。
資金繰りが重要であることを理解したうえで、どのように健全な資金繰りを維持すべきか、
具体的なポイントを見ていきましょう。
効果的な資金繰り管理の第一歩は、将来の入出金を可視化することです。
特に、向こう13週間(約3ヶ月)の週次資金繰り予測表は、資金ショートのリスクを早期
に発見し、対策を講じるための強力なツールとなります。
実践方法:
– 毎週金曜日に翌週以降の13週間の入出金予測を更新する
– 入金予定と支出予定を可能な限り詳細に記入する
– 「確定」と「見込み」を区別して記入する
– 週末の預金残高予測が最低ラインを下回る週がないかチェックする
事業を安定して運営するためには、どれくらいの運転資金が必要かを理解することが重要
です。
業種や事業モデルによって適正水準は異なりますが、一般的なガイドラインを知っておく
ことは有益です。
実践方法:
– 月間固定費の3〜6ヶ月分を最低限の運転資金として確保する
– 「売上の何ヶ月分」という観点でも確認する(製造業:2〜3ヶ月分、小売業:1〜2ヶ月分など)
– 事業の季節変動や成長速度に応じて調整する
– 定期的に「必要運転資金」を計算し直す習慣をつける
現金流入を加速することは、資金繰り改善の基本です。売掛金の回収サイクルを短縮することで、
少ない運転資金でより多くの事業活動が可能になります。
実践方法:
– 請求書の発行を迅速化する(月末一括ではなく、納品時など)
– 支払条件の見直しを検討する(90日→60日→30日)
– 前受金や中間金の仕組みを導入する
– 早期入金特典や電子決済の活用を検討する
現金流出を効果的に管理することも重要です。
ただし、単なるコスト削減ではなく、「支出のタイミングと優先順位」を戦略的に管理する
ことがポイントです。
実践方法:
– 固定費支出日の分散化を図る(家賃、給与、税金など大きな支出が同じ時期に集中しないよう調整)
– 支払条件の交渉を行う(可能であれば支払いサイトの延長を交渉)
– 「緊急度」と「重要度」に基づく支出の優先順位付けを行う
– 投資的支出の段階的実施を検討する(一度に全額ではなく、フェーズ分けして投資)
資金繰りの安全弁として、複数の資金調達手段を事前に確保しておくことが重要です。
いざという時に初めて資金調達を検討しても、間に合わないことが多いためです。
実践方法:
– 複数の金融機関と関係を構築しておく
– 当座貸越枠を設定しておく
– ファクタリングなどの代替的資金調達手段も視野に入れる
– 普段から金融機関に情報提供を行い、信頼関係を築いておく
売上や利益は企業の「成果」を示す重要な指標ですが、資金繰りは企業の「生存」を
左右する生命線です。
売上も利益も、将来に向けた約束や計算上の概念である一方、資金繰りは日々の現実
そのものです。
多くの社長は、ついつい売上や利益に目を奪われがちですが、真に持続可能な経営を
実現するためには「資金繰り第一」の姿勢を持つことが不可欠です。
いくら売上が伸び、利益が出ていても、資金繰りが破綻すれば企業活動は停止せざるを
得ません。
反対に、資金繰りが健全であれば、一時的な売上の落ち込みや利益の減少にも耐えること
ができ、むしろそうした危機を競合他社よりも強い立場で乗り切ることさえ可能です。
さらに、突然の好機を捉えるための即応力も手に入ります。
財務初心者の経営者にとって最も大切なのは、「売上・利益・預貯金・資金繰り」の違いを
理解し、日々の経営判断において資金繰りを最優先事項として位置づけることです。
そうすることで、「黒字なのに倒産」という悲劇を避け、持続的な企業成長の基盤を築くこと
ができるでしょう。