「売上は人気のバロメーター、利益は知恵のバロメーター」
サンマルクカフェ創業者 故・片山直之氏(1958年-2018年)
📚 「社長のための事業計画の真髄」シリーズ記事一覧 |
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第1回:なぜ99%の事業計画は機能しないのか? |
第2回:「考える社長」と「頑張る社長」の決定的な違い |
第3回:アルプス山脈の逸話が教える事業計画の本質 |
第4回:卓越した社長たちの共通点 |
第5回(完結):思考なき頑張りの限界と真の経営力 |
特別編:片山直之氏の経営哲学 ← 今回 |
先日終了した5回シリーズ「社長のための事業計画の真髄」では、「思考する経営」の重要性をお伝えしました。特に最終回では、多くの日本企業に見られる「思考なき頑張り」の限界について触れました。
今回は特別編として、まさに「思考する経営」を体現し、独自の成功を収めた社長、サンマルクカフェ創業者の故・片山直之氏(1958年-2018年)の経営哲学に焦点を当てます。
メディア露出を極力控え、「メディアに出ること自体がリスク」と考えていた片山氏。そのため、公開されているインタビュー記事は多くありませんが、その経営手腕と独自の経営哲学は、「思考する経営」の模範例として多くの示唆に富んでいます。
華々しいパフォーマンスや目立つカリスマ性ではなく、優れた「思考力」こそが片山氏の真の強みでした。
「売上は人気のバロメーター、利益は知恵のバロメーター」
この深遠な言葉には、経営の本質が凝縮されています。売上が多くても利益が少なければ経営が機能しているとは言えない—つまり、単に「頑張って」売上を上げるだけでは意味がなく、「知恵」を絞ってシステムや仕組みを磨いてこそ、真の経営力が問われるのだという洞察です。
多くの社長が「売上至上主義」に陥る中、片山氏は「人気」と「知恵」を明確に区別し、後者にこそ社長の真価があると見抜いていました。これは「頑張り」よりも「考える」ことを重視する姿勢そのものです。
サンマルクホールディングスの経営理念は「私たちはお客様にとって最高のひとときを創造します」(We create the prime time for you)です。さらに片山氏は自社の事業分野を「意表の喜び創造業」と規定していました。
「意表を突く」とは、相手の予想を超えるということ。つまり、顧客が予想もしていなかった価値を提供することを使命として定義していたのです。
これは単に既存の市場の中で「頑張る」のではなく、市場そのものを再定義し、新たな価値を創造するという、高度な戦略的思考の表れでした。
当時、コーヒーショップ市場はスターバックスやドトールなど強力なプレイヤーがすでに席捲していました。そこで片山氏が選んだ道は、「店内製造」という差別化でした。
特に「焼きたてパン」へのこだわりは、2001年に誕生した「チョコクロ」という象徴的な商品を生み出しました。コーヒーチェーンの主役が「コーヒー」であることは当然とされていた市場で、「パン」という意外な主役を据えることで、独自のポジションを確立したのです。
これは業界の「常識」に疑問を投げかけ、独自の視点で市場を再解釈した結果でした。
❌ 一般的な経営者の思考
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✅ 片山氏の戦略的思考
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片山氏の思考力が際立って表れているのが、フランチャイズシステムへのアプローチです。
通常のフランチャイズでは、本部は加盟店に商品を高く売りたいと考え、加盟店は安く買いたいと考えるため、利害が一致しないという構造的な問題があります。
片山氏はこの「常識」に真っ向から挑戦しました。
彼が構築したのは「本部には売上に応じたロイヤリティしか入らない」システム。これにより本部は加盟店に多くの顧客を呼び込むための知恵を絞らざるを得なくなり、両者の利害を一致させることに成功しました。
この発想は、目先の利益よりも長期的な「システムの健全性」を重視する思考から生まれたものです。短期的な「頑張り」ではなく、持続可能な「仕組み」を考え抜く—まさに「利益は知恵のバロメーター」という哲学の実践でした。
片山氏のもう一つの優れた点は、「効率」と「こだわり」という、一見相反する要素を高いレベルで両立させたことです。
これは単に矛盾する二つの要素の「折衷案」を探るのではなく、両者の本質的な価値を見極め、より高い次元で統合するという難度の高い思考を実践した例です。
片山氏はサンマルクホールディングスで「経営塾」を直轄で運営していました。事業会社のトップになるには、この経営塾を卒業することが条件とされていました。
これは単なる「知識や技術の伝達」ではなく、「思考法の継承」を重視していた表れでしょう。片山氏は「頑張る人材」ではなく「考える人材」を育成することが、組織の持続的成長には不可欠だと理解していたのです。
2018年に60歳という若さで逝去した片山氏。その死後、サンマルクは一時迷走状態に陥り、さらにコロナ禍の影響も重なって業績が低迷しました。
しかし、2022年に就任した鎌田滋之社長のもとで「ベーカリーカフェへの回帰」を掲げ、チョコクロなどの人気商品に注力する方針が打ち出されました。「創業者の思いを引き継いでいく」という姿勢を大切にし、片山氏の理念を守りながら改革を進めることで、V字回復を実現しています。
これは片山氏の経営哲学が単なる「個人的な能力」ではなく、「継承可能な思考法」だったことを示しています。
真の社長の価値は、自身が去った後も組織に残る「思考の枠組み」にこそあるのでしょう。
片山氏の経営哲学から浮かび上がる最も重要な示唆は、卓越した社長に共通する特質についてです。
「安易な回答に飛びつかず、思考し続けて問題の枠組み自体を組み替えることをいとわない」という姿勢
多くの社長は「正解」を求めます。業界標準の手法、成功した会社の模倣、専門家からのアドバイス—これらはすべて、思考の労力を省く「ショートカット」として機能します。
しかし真に優れた社長は、こうした「既製品の答え」に安住することなく、自らの頭で考え抜く困難な道を選びます。
シリーズ第3回でお伝えしたアルプス山脈の偵察隊の逸話。彼らは「間違った地図」であっても、それを思考の道具として活用することで帰還できました。
片山氏の経営哲学は、この逸話と深く響き合います。彼は既存の「地図」(業界の常識)に従うのではなく、独自の視点で市場を再解釈し、新たな「地図」を描き出しました。
片山氏の経営哲学は、現代の社長に重要な問いを投げかけています:
「売上は人気のバロメーター、利益は知恵のバロメーター」
この言葉の深意を理解し実践することが、真の経営力を高める第一歩かもしれません。
私がコンサルタントとして日々実感するのは、多くの社長が「正解」を求めてくるという現実です。それも「すぐに・早く・簡単に・安く」できる魔法のような解決策を期待されることが少なくありません。
しかし、片山氏のような0.001%の社長が示してくれたように、真の経営力は「外部からの正解」ではなく「自ら考え抜く力」から生まれます。だからこそ私は、「即効性のある解決策」ではなく「考える軸」を提供することを使命としています。
「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える」という格言がありますが、私が目指すのはさらにその先—「魚を見つける感覚を磨く」お手伝いです。
短期的には遠回りに見えるかもしれませんが、長期的には圧倒的な差別化と持続可能な成長をもたらす唯一の道だと信じています。
この姿勢に共感してくださる社長は決して多くはありません。多くの方は「もっと手っ取り早く、具体的な答えを」と求めます。
しかし、考えることを厭わず、自らの頭で問題の枠組みを組み替える勇気を持った社長こそが、次の片山直之氏になれる可能性を秘めています。
片山直之氏の「利益は知恵のバロメーター」という言葉は、単なる経営指標の話ではありません。それは「思考し続ける経営者」と「頑張るだけの経営者」を分ける決定的な視点なのです。
真の経営力は、安易な答えに飛びつくことなく、自らの頭で考え抜き、問題の枠組み自体を組み替える勇気にあります。
シリーズ特別編はこれで終了となります。次回からは新シリーズとして、財務を「方法論」ではなく「思考の道具」として活用する経営変革をテーマに、より実践的な内容をお届けする予定です。
週2回配信で経営に役立つ情報をお届けしています。財務初心者の社長でも分かりやすく実践的な内容です。
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