頑張っても経営が変わらない社長へ
近江商人の知恵×脳科学が示す「再現できる経営」の本質
セミナーで学んだ成功事例を取り入れた。本も読んだ。毎日遅くまで頑張っている。それなのに、なぜ経営は変わらないのか——。
結論から申し上げます。成功事例が「なぜ効いたのか」という仕組みを理解しないまま、やり方だけを真似ているからです。仕組みがわかれば、自社でその仕組みが働く条件を整えることができます。仕組みがわからなければ、どれだけ頑張っても再現はできません。
この記事では、長く続いた近江商人の商いの知恵を、脳科学・心理学の研究が示す人の学び方や動き方の仕組みから読み解き、社長自身が「再現できる経営」を身につけるための考え方をお伝えします。
私は財務を軸とした経営コンサルタントとして、30社以上の経営改善を支援してきました。成果が出た会社と出なかった会社の差は、知識の量ではありませんでした。社長が自分の会社の数字を使って考え、判断する経験を積み重ねられたかどうか——その差でした。税理士は決算を、銀行は返済の見通しを見てくれますが、自社の数字で判断する力は、社長が自分で育てるしかありません。
この記事は「経営論革命シリーズ」の第6回です。経営を変えるための考え方と行動の全体像を、8回のシリーズでお届けしています。
この記事を読むことで、あなたは以下を得られます。
- 成功事例を真似てもうまくいかない理由
- 脳の可塑性と「意図的練習」から見た、経営判断力の鍛え方
- 「わかった」と「できる」を分ける、理解の3つのレベル
- お金だけでは人が動き続けない理由と、近江商人の知恵
- 「今のやり方でいい」という思い込みから抜け出す視点
自社の数字で判断する力を育てる第一歩として、7つの観点から自社を点検できる「経営力診断シート」を無料でお配りしています。
📧 無料メルマガ登録で診断シートを受け取る📋 目次
なぜ成功事例をそのまま真似ても、うまくいかないのか?
成功事例は「何をしたか」を伝えても、「なぜ効いたのか」「どんな条件で効くのか」までは伝えないことが多いからです。やり方だけを持ち込んでも、自社にその条件がなければ同じ結果は出ません。
社長、正直に伺います。経営セミナーや本で学んだ成功事例を、そのまま自社に当てはめて、うまくいったでしょうか。
世の中の経営指導の多くは、「A社はこうして成功した。だからあなたもやりなさい」という形をとります。これは物語です。心を動かされるかもしれませんが、なぜA社で効いたのか、なぜB社では効かなかったのか、あなたの会社で効く条件は何か——その「なぜ」が説明されていません。
💡 収益満開経営の考え方
「近江商人のこの習慣は、人の学び方や動機づけの仕組みから見て、こういう理由で効いた。だから自社では、この条件を整えれば同じ仕組みが働く」——このように、やり方ではなく仕組みを持ち帰ることが、再現できる経営の出発点です。
| 近江商人の習慣 | 働いている仕組み | 本記事の章 |
|---|---|---|
| 毎日の損益を確かめてから眠る | 反復とフィードバックによる判断力の訓練 | 第2章 |
| 実際に商いをさせ、経験で学ばせる | 「わかった」を「できる」に変える実践 | 第4章 |
| 家業を先祖から預かったものと考える | お金を超えた内発的な動機 | 第5章 |
経営判断力は、訓練で変えられるのか?
変えられます。脳は使い方によって変化し、目的をもった反復とフィードバックによって判断の力は伸びていきます。ただし、ただ繰り返すだけでは足りず、訓練のしかたに工夫が要ります。
カナダの心理学者ドナルド・ヘッブは1949年、神経細胞がくり返し一緒に活動すると、そのつながりが強まるという考え方を示しました。経験によって脳の神経回路が変化する性質は「脳の可塑性」と呼ばれ、その後の神経科学の研究で広く確かめられてきました。大人になってからでも、学び方しだいで脳は変わるということです。
また、心理学者アンダース・エリクソンらの「意図的練習(deliberate practice)」の研究は、熟達に必要なのはただの反復ではなく、明確な目標をもち、結果のフィードバックを受け、少し難しい課題に集中して取り組む練習だと示しました。この研究は主に音楽やスポーツなどの分野で行われたものですが、「目標・フィードバック・反復」という骨格は、経営判断の訓練にも応用できると私は考えています。
近江商人の教えとして伝わる「商売十訓」には、「今日の損益を明らかにしないでは寝につかぬ習慣にせよ」という一条があります。毎日数字を確かめ、原因を考え、次の手を決める。この繰り返しは、まさに目標とフィードバックをともなう訓練の形をしています。
🧠 社長の「意図的練習」の例——週1回15分の数字の振り返り
- 目標:今週の粗利と預金残高の予想を、週の初めに書いておく
- フィードバック:週末に実績と並べ、ずれた理由を一文で書く
- 少し難しい課題:慣れてきたら、来月・3か月後の予想にも広げる
予想と実績のずれから学ぶこの繰り返しが、数字を見て判断する力を育てます。
これは「頑張れ」という精神論ではありません。何を、どう繰り返すかを設計した訓練の話です。
「変われる」と考えることは、なぜ大切なのか?
「能力は伸ばせる」と考える人ほど、失敗を学びの材料にして挑戦を続けやすいからです。反対に「もともと苦手だから」と考えると、新しいやり方を試す前にあきらめてしまいます。
スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックは、人が自分の能力をどう捉えているかによって、学び方や挑戦への姿勢が変わることを研究し、二つの考え方を対比しました。
なお、成長マインドセットを教える介入の効果については、その後の大規模な検証で「効果はあるが、それほど大きくない」とする結果も報告されています。考え方を変えるだけで成果が出るわけではなく、考え方と、前章の具体的な訓練が組み合わさって初めて変化が生まれる、と捉えるのが誠実だと私は考えています。
近江商人の家々は、それぞれ独自の家訓や店の決まりを持ち、奉公人を長い年月をかけて育てました。一人ひとりが経験を通じて商いの力を伸ばしていく仕組みは、「人は育つ」という前提に立っていたといえるでしょう。
「わかった」と「できる」の間には、何があるのか?
「用語を知っている」「仕組みを理解している」「実際に使えている」という3つの段階があり、多くの社長は最初の段階で「わかった」と感じてしまいます。
ノーベル経済学賞を受けた心理学者ダニエル・カーネマンは、著書『ファスト&スロー』で、人の思考を直感的で速い「システム1」と、意識的でゆっくりした「システム2」に分けて説明しました。新しい情報に触れたとき、システム1は既存の知識を使って瞬時に「わかった」という感覚をつくり出します。しかしその感覚は、本当の理解を反映しているとは限りません。
30社以上の支援を通じて、私は財務の理解に3つの段階があることを繰り返し見てきました。
⚠️ 財務の理解の3つのレベル
レベル1:用語を知っている
「売掛金」「買掛金」という言葉は知っている。しかし、なぜそれが資金繰りに影響するのかは説明できない。「知っている気がする」という感覚だけがある段階です。
レベル2:仕組みを理解している
売掛金が増えると手元の現金が減ることは理解している。しかし、自社の回収サイトが長すぎることには気づいていない。理解が自社の現実とつながっていない段階です。
レベル3:実際に使えている
回収サイトの短縮を実際に交渉し、資金繰りを改善できている。ここまで来て初めて「わかった」と言えます。システム2による深い考えが、経営の行動として定着した状態です。
近江商人は、奉公人に実際に商いをさせ、経験の中で学ばせることを重んじました。理屈を覚えさせるだけでなく、自分で売り、自分で帳簿をつけ、失敗から学ぶ。知識ではなく体験を通じた理解を重視したのです。
収益満開経営の支援も同じ考え方に立っています。知識を詰め込むのではなく、社長自身が自社の数字を使って判断する経験を重ねることで、レベル3の理解と行動の変化をめざします。
自社の資金繰りを、レベル3の目で確かめてみませんか。すぐに使える「資金繰りチェックシート」を無料でお配りしています。
📊 チェックシートを無料で受け取るお金だけでは人が動き続けないのは、なぜか?
外から与えられる報酬は行動を一時的に引き出しますが、状況によっては、もともと持っていた「やりたい」という気持ちを弱めてしまうことがあるからです。長く続く行動を支えるのは、内側から湧く動機です。
報酬が意欲を弱めることがある——二つの古典的な実験
心理学者エドワード・デシは1971年、大学生にパズルを解いてもらう実験を行いました。解くたびにお金を受け取ったグループは、報酬がなくなった後の自由時間に、パズルに取り組む時間が減りました。マーク・レッパーらは1973年、絵を描くのが好きな幼児を対象に、「描いたらご褒美の賞状をあげる」と約束したグループと、そうでないグループを比べました。約束されたグループは、その後の自由時間に絵を描く時間が減ったのです。
どちらの実験も、外からの報酬が、もともとの興味を押しのけてしまう場合があることを示しています。報酬がすべて悪いわけではありませんが、お金だけで人を動かそうとすると、報酬が止まったときに行動も止まりやすくなります。
💚 近江商人の内発的な動機——家業は「預かりもの」
近江商人の家には、当主であっても家業は先祖から預かったものであり、自分はそれを次の代へ引き継ぐ役目を負っている、という考え方が伝わっています。自分一代の利益のためではなく、受け継いだものを次へつなぐ——この意識が、目先の利益に走らない、長く続く商いを支えたと考えられます。
動機の強さは「期待・手段・価値」の掛け算
心理学者ヴィクター・ブルームの期待理論は、人の動機づけの強さを、「努力すれば成果が出る」という期待、「成果が出れば報われる」という手段性、「その報いに価値がある」という誘意性の3つの掛け算で説明します。どれか一つでもゼロなら、人は動きません。
どれか一つでもゼロなら、人は動かない
多くの経営改革が続かないのは、「やってもどうせ変わらない」(期待がゼロ)か、「変わっても自分には関係ない」(手段性がゼロ)か、「それに意味を感じない」(誘意性がゼロ)のどれかに当てはまるからです。第2章の訓練で「やれば変わる」という手ごたえ(期待)をつくり、渋沢栄一が説いた義利合一——道義と利益は一体であるという考え方で「何のために稼ぐのか」(誘意性)を明確にする。収益満開経営は、この掛け算がゼロにならないよう設計することを大切にしています。
なぜ社長は「今のやり方でいい」と思い込むのか?
人は「これまでの自分は大きく変わったが、これからの自分はあまり変わらない」と考えがちだからです。この思い込みが、「今のやり方で十分」という判断につながります。
ハーバード大学のダニエル・ギルバートらは2013年、科学誌『サイエンス』に発表した研究で、人は過去10年間の自分の変化を大きく見積もる一方、今後10年間の変化を小さく見積もる傾向があることを示しました。研究者たちはこれを「歴史の終わり幻想」と呼んでいます。実際には、これからの10年でも人は変わり続けます。
経営でいえば、「今のやり方が完成形だ」という思い込みです。この思い込みがあると、環境が変わっても自社のやり方を見直す必要を感じにくくなります。この心理と、戦後の成功体験から抜け出せない経営の問題については、シリーズ第5回で詳しく取り上げています。
前回(第5回)の記事はこちらです。
📖 科学的経営手法が必要な理由|戦後成功体験からの脱却(経営論革命 第5回) →
近江商人の知恵と現代の研究から、何が言えるのか?
長く続いた商いの知恵には、人の学び方や動き方の仕組みにかなった理由があり、その仕組みを理解すれば、自社に合った形で取り入れられる、ということです。
渋沢栄一は『論語と算盤』で、「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳」と述べました。使命や道義という内側からの動機があってこそ、富は長く続く。動機づけの研究が示すことと、渋沢の言葉は、同じ方向を指しているように思えます。
近江商人の知恵も、現代の研究も、それだけで成果を約束するものではありません。けれども、「なぜ効くのか」を理解したうえで、自社の条件に合わせて取り入れれば、成功事例の物まねとは違う、自分の会社で再現できる経営に近づくことができます。次回(第7回)では、一社の経営改善が社会の変化にどうつながるのかを考えます。
次回(第7回)の記事はこちらです。
📖 御社の経営改善が社会の変革を生む(経営論革命 第7回) →
シリーズ全8回の構成と学ぶ順番は、完全ガイドにまとめています。
📖 経営論革命完全ガイド|中小企業を変える8つの本質 →
📝 明日から始められる3つの実践
- これまで取り入れた成功事例を一つ選び、「なぜ効いたのか」を自分の言葉で書いてみる
- 週の初めに今週の粗利と預金残高を予想し、週末に実績と比べてずれの理由を一文で書く
- 自社の理念を読み返し、「何のために稼ぐのか」を一文で言えるか確かめる
❓ よくある質問
成功事例は「何をしたか」を伝えても、「なぜ効いたのか」「どんな条件で効くのか」までは伝えないことが多いからです。やり方だけを持ち込んでも、自社にその条件がなければ同じ結果は出ません。仕組みを理解し、自社でその仕組みが働く条件を整えることが大切です。
変えられると考えています。経験によって脳の神経回路が変化する「脳の可塑性」は神経科学で広く確かめられており、エリクソンらの研究は、目標・フィードバック・反復を設計した「意図的練習」が熟達を生むことを示しています。たとえば週の初めに粗利と預金残高を予想し、週末に実績と比べてずれの理由を書く習慣は、判断力を鍛える訓練になります。
財務の理解には、用語を知っている段階、仕組みを理解している段階、実際に使えている段階の3つがあります。カーネマンが説明したように、直感的な思考(システム1)はすぐに「わかった」という感覚をつくりますが、それが本当の理解とは限りません。自社の数字を使って実際に判断し、行動できて初めて理解したといえます。
デシの実験(1971年)やレッパーらの実験(1973年)では、報酬を約束された人ほど、報酬がなくなった後に自発的に取り組む時間が減りました。外からの報酬が、もともとの興味を押しのける場合があるのです。長く続く行動を支えるには、「何のために働くのか」という内側からの動機が欠かせません。
人は過去の自分の変化を大きく見積もり、将来の変化を小さく見積もる傾向があります(ギルバートらの「歴史の終わり幻想」)。まず、その傾向が自分にもあると知ることが第一歩です。そのうえで、自社の数字を定期的に振り返り、環境の変化と自社のやり方のずれを確かめてください。自社の現状確認には、メルマガ登録特典の「経営力診断シート」も役立ちます。
📧 メルマガ「収益満開経営」のご案内
毎週月曜日、経営の本質を突く洞察をお届けしています。
渋沢栄一・二宮尊徳・近江商人の智慧と現代経営理論を融合した
「収益満開経営」の実践法を、無料でお読みいただけます。
🎁 ご登録特典:PDF診断シート2点を無料プレゼント
PDFファイルなので、スマホ・PCですぐにダウンロード可能
ご登録後のステップメールにてお受け取りいただけます
※いつでも配信解除できます
合同会社エバーグリーン経営研究所
経営コンサルタント 長瀬好征
「和魂洋才」による収益満開経営で、失われた30年を終わらせ、
2200年の日本に繁栄を残す
