売上総利益の錯覚を解く【第1回】

2026.02.23



売上総利益の錯覚を解く【第1回】

税理士が作った書類で経営している社長への警鐘
📅 公開日:2025年2月3日

「うちは粗利率が高いから大丈夫です」——その根拠はどこから来ていますか?

社長が毎月受け取る試算表、毎年受け取る決算書。これらはすべて税理士が作成した書類です。しかしここに、多くの経営者が気づいていない根本的な問題があります。税理士が作る書類は、税務申告のために作られたものであり、経営判断のために作られたものではないのです。

製造業で特に深刻なのが、製造原価報告書の問題です。損益計算書(P/L)には「売上総利益(粗利)」という数字が表示されますが、その数字の裏側にある「製造原価報告書」を、きちんと読んでいる社長はほとんどいません。なぜか。会計知識がなければ、読んでも何が抜けているかがわからないからです。見えど見えず——この状態が、売上総利益への「構造的な錯覚」を生み出します。

東京商工リサーチによると、2024年の企業倒産件数は9,053件(負債総額1,000万円以上)に達しています。この中には、決算書上は黒字で、社長自身が「粗利率も高いし問題ない」と信じていた製造業の会社が含まれています。粗利率が高く見えていた理由が、実は製造原価報告書の計上ミスにあったケースが、私の支援先でも実際に起きています。

私がこれまで30社以上の中小企業を支援してきた中で、財務で深刻な問題を抱えていた製造業のほぼ全社に共通していたのが、この「製造原価報告書を見ていない」という事実でした。売上総利益の数字を信じる前に、その数字がどのように計算されているかを理解する必要があります。

収益満開経営の長瀬好征です。財務を軸とした経営コンサルタントとして、30社以上の中小企業の資金繰り改善・財務体質強化を支援してきました。この記事では、製造業の社長が陥りやすい「売上総利益の構造的な錯覚」の正体を解明し、税理士任せの経営から脱却するための視点をお届けします。

山田方谷の「入りを量りて出ずるを制す」という言葉があります。備中松山藩の財政再建を成し遂げた方谷は、収入(粗利)を正確に把握することを出発点としました。しかし正確に把握するためには、まず粗利の計算そのものが正しくなければなりません。「入り」の数字が誤っていれば、どれだけ「出ずるを制」しても、財政は安定しない。この300年前の叡智は、今日の製造業経営にそのまま通じます。

この記事を読むことで、あなたは以下を得られます:

  • 税理士が作る書類と、経営判断に必要な書類の決定的な違い
  • 製造原価報告書の労務費問題——粗利が高く見える「構造的な錯覚」の正体
  • 売上総利益だけでは見えない「資金流出の3つの穴」
  • 30社以上の支援から得た、製造業社長が最初に確認すべき財務の急所
  • 今日から始められる「税理士任せからの脱却」3つのステップ

売上総利益をただの「計算結果」として眺めるのか、「経営判断の羅針盤」として使いこなすのか——この違いが、資金繰りに苦しむ会社と財務が安定した会社の、根本的な分かれ道です。

税理士の書類で経営することの本当のリスク

さいたま市内の製造業社長と面談したときのことです。年商3億円、従業員20名。決算書を拝見すると売上総利益率は38%——業界平均(製造業:22〜25%程度)を大きく上回っています。「うちは粗利が高いから、経営は安定しています」と社長は言いました。

しかし毎月25日の支払日が近づくたびに通帳残高を何度も確認し、冷や汗をかいているというのです。「粗利率38%なのになぜ?」——私はすぐに、損益計算書の裏にある製造原価報告書を確認しました。

そこに問題の核心がありました。製造現場で働く社員の労務費(人件費)の相当部分が、製造原価ではなく「販管費(販売費及び一般管理費)」に計上されていたのです。製造原価が実際より少なく計上されているため、売上総利益は実態より大きく見えていた。社長が誇りにしていた「粗利率38%」は、正確に言えば「正しく計算されていない粗利率」だったのです。

なぜそうなっていたのか。税理士が悪意を持って操作したわけではありません。税務申告上の処理として、判断が曖昧な人労務を販管費に計上することは、よくある実務上の選択です。ただしその結果、経営判断の基盤となるべき「売上総利益」という数字が、実態と乖離してしまっていた。

社長は製造原価報告書を毎月受け取っていました。しかし、見ても何がどう計上されているかがわからない。会計知識がなければ、何が「正しく」て何が「おかしい」かが判断できない。見えど見えず——これが税理士の書類で経営することの、根本的なリスクです。

製造原価報告書が隠す「粗利の錯覚」

製造業の財務書類は、一般的な商業・サービス業と構造が異なります。製造業には「製造原価報告書」という書類があり、これが損益計算書の「売上原価」の内訳を示しています。

製造原価報告書(材料費・労務費・製造経費)から製造原価が計算され、損益計算書の売上総利益(粗利)に反映される構造図。労務費が販管費に流れると粗利が高く見える錯覚が生まれる。

【図解】製造業の財務構造|労務費の計上先によって、売上総利益(粗利)の数字は大きく変わる

材料費・労務費・製造経費 → 製造原価 → 売上原価 → 売上総利益(粗利)の流れを視覚化

製造原価報告書には、主に次の3つが計上されます。材料費(製品を作るための原材料)、労務費(製造現場で働く社員の人件費)、外注費、製造経費(工場の光熱費・減価償却費など)。この合計が製造原価となり、損益計算書の売上原価に反映されます。

問題が起きやすいのが「労務費」の扱いです。製造現場の社員であっても、業務の一部に「営業サポート」や「管理業務」が含まれる場合、その人件費を製造原価と販管費のどちらに計上するかは、税理士の判断に委ねられることがあります。

もし製造現場の労務費が、実態より多く販管費に回されると、どうなるか。製造原価が少なくなる→売上原価が小さくなる→売上総利益(粗利)が大きく見える、という連鎖が生まれます。社長が「粗利率が高い」と感じているのは、製品を作るための本来のコストが、粗利の計算に正しく反映されていないからかもしれません。

⚠️ 誤解のない理解のために

税理士の処理が「間違い」とは限りません。税務申告上は問題のない処理でも、経営判断のための「売上総利益」の実態把握という観点では、誤解を生む計上になっているケースがある、ということです。税理士は税務のプロ。しかし、経営判断のための財務分析は、また別の視点が必要です。

損益計算書が見せる「幻の利益」

製造原価の計上の問題に加えて、損益計算書(P/L)そのものが持つ構造的な限界があります。損益計算書は「一定期間に会社がどれだけ利益を生み出したか」を示す書類であり、現金の動きを示すものではありません。

会計の世界には「発生主義」という原則があります。売上は「現金をもらったとき」ではなく「取引が発生したとき」に計上します。3月末に完成した製品を納品し、請求書を発行しても、入金が翌月末であれば、現金はまだ手元にありません。しかし損益計算書の売上には、3月分として計上されています。

ここに「幻の利益」が生まれます。損益計算書では粗利が出ているのに、通帳には現金がない——この差は「まだ回収できていない売掛金」「製品になるまでの仕掛品・在庫」「前払いした費用」などに、利益として計上されるべき現金が、別の形で存在しているからです。

製造業は特に、この「幻の利益」が発生しやすい業種です。受注→材料仕入れ→製造→納品→請求→入金、というサイクルが長く、現金の出入りと損益計算書の数字のズレが大きくなりやすいのです。

資金を消す「3つの穴」の正体

では、損益計算書に利益として表示されているお金は、実際にはどこへ消えているのでしょうか。私が30社以上の支援を通じて確認してきた「資金を消す3つの穴」をご説明します。

穴①:売掛金という名の「未回収の現金」

売上は計上されたが、まだ回収できていないお金が売掛金です。製造業では納品から入金まで1〜2ヶ月かかることが一般的です。受注が増えるほど売掛金も増加し、帳簿上の利益と手元現金のギャップはどんどん広がります。売上が順調なのに通帳が寂しい——その主な原因がここにあります。

穴②:仕掛品・在庫という名の「眠れる現金」

製造業では、材料を仕入れた瞬間に現金は出ていきますが、製品が完成し、納品され、回収されるまで、その現金は「仕掛品」や「在庫」という形で会社の中に眠り続けます。大型案件を抱えるほど、この眠れる現金は増え、手元の資金を圧迫します。

穴③:固定費という名の「毎月確実な出血」

人件費・工場の家賃・設備リース・借入返済——これらは売上の有無に関わらず、毎月必ず出ていきます。製造業は設備投資が大きく、固定費の水準も高い傾向があります。粗利率が高く見えていても、固定費が実態の粗利を超えていれば、会社の現金は確実に減り続けます。

製造原価の正確な把握(錯覚の解消)+この3つの穴への対処——これが「売上総利益だけを見る経営」から「キャッシュフローを見る経営」への転換です。まず「入り」を正しく量ること。それがすべての出発点です。

松下幸之助「経営はお金だ」の真意

📺 【経営の系譜シリーズ】連動コンテンツ

松下幸之助が「経営はお金だ」と語った真意を、YouTube「経営の系譜シリーズ:松下幸之助 第1回」で詳しく解説しています。この記事と合わせてご覧ください。

【経営の系譜シリーズ:松下幸之助 第1回】

松下幸之助は「経営はお金だ」という言葉を繰り返し口にしていたといいます。しかしその真意は「利益だけを追え」ではありませんでした。松下が強調したのは、お金の流れを「経営者自身が」正確に把握しなければ、正しい判断は下せないということでした。

松下は決算後、必ず金庫の中を自分で確認したと伝わっています。帳簿上の数字だけでなく、実際の現金の状態を肌で感じることを習慣にしていた。「経営はお金だ」の背景には、この「現金への直接的な感覚」がありました。

製造原価報告書を読まず、税理士が作った損益計算書の粗利だけを見て経営することは、松下幸之助の言葉を裏切ることになります。数字は税理士に任せる。しかし、その数字が何を意味しているかを理解するのは、社長の仕事です。

「この粗利の数字は、本当に正しいのか?」「この利益は今、どこにあるのか?」——この問いを自分の言葉で持てるかどうかが、財務に強い社長と弱い社長の根本的な違いです。

今日から始める「錯覚からの脱却」3つのステップ

「売上総利益の錯覚」を解くための第一歩は、難しいことではありません。今日からすぐに実践できる3つのステップをお伝えします。

1
製造原価報告書を税理士に「説明してもらう」

次回の試算表説明の機会に、「製造原価報告書の労務費は、どういう基準で製造原価と販管費に分けていますか?」と聞いてみてください。この一言で、税理士との対話の質が変わります。自分で全部わかる必要はありません。まず「聞く」ことから始めましょう。
2
粗利と通帳残高の「ズレ」を毎月確認する

今月の粗利はいくらか。そして今の通帳残高はいくらか。この2つを並べて見る習慣をつけてください。ズレが大きい場合、売掛金・仕掛品・在庫のどれかに現金が姿を変えて眠っています。どこにあるかを確認するだけで、資金繰りへの意識が大きく変わります。
3
「うちの本当の粗利率は何%か」を確認する

製造現場の労務費をすべて製造原価に計上した場合、自社の粗利率はどう変わるか。この試算を税理士か財務のわかる専門家に依頼してみてください。「本当の粗利率」を知ることが、正確な経営判断の出発点になります。業界平均と比べて初めて、自社の本当の競争力が見えてきます。

このシリーズでは、全30回にわたって売上総利益の本質と、それを経営に活かす実践的な視点をお届けします。第2回では「売上総利益が高いのに倒産する会社の3つの共通点」をテーマに、さらに具体的な事例と対策をご紹介します。

📌 まとめ:この記事の3つのポイント

  • 税理士が作る書類は税務申告用。経営判断には製造原価報告書の正確な読み方が必要
  • 製造現場の労務費が販管費に流れると、粗利が実態より高く見える「構造的な錯覚」が生まれる
  • 山田方谷の「入りを量りて出ずるを制す」——まず「入り(粗利)」の数字が正確でなければ、何も始まらない

❓ よくあるご質問

Q. 製造原価報告書と損益計算書の違いは何ですか?

A. 損益計算書(P/L)は会社全体の収益・費用・利益を示す書類です。製造原価報告書はそのうち「製造にかかったコスト(材料費・労務費・製造経費)」の内訳を示す書類です。製造業では製造原価報告書を確認しなければ、売上総利益の実態が正確に把握できません。

Q. 売上総利益が高いのに手元資金が少ない理由は何ですか?

A. 製造業では、労務費の計上先によって売上総利益が実態より高く見えるケースがあります。さらに発生主義会計の性質上、損益計算書の利益と手元現金は別物です。売掛金・仕掛品・在庫・固定費という「3つの穴」に現金が流れています。

Q. 黒字なのに倒産するのはなぜですか?

A. 製造業の黒字倒産は、製造原価の計上ミスによる「見せかけの粗利」と、発生主義による「幻の利益」が重なって起きることがあります。「黒字で粗利も高い」という錯覚のまま経営を続け、ある日突然、現金が底をつく——これが製造業の黒字倒産の典型的なパターンです。

📣 次回予告:第2回

「売上総利益が高いのに倒産する会社の3つの共通点」
粗利率40%でも倒産した製造業の実例と、固定費・運転資金・キャッシュフロー管理の3つの落とし穴を詳しく解説します。

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財務コンサルタント 長瀬好征

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