多くの経営者が頷くのは、きっと「お金」でしょう。実は「お金」の問題こそ、最も解決しやすいのです。中小企業の財務を専門にコンサルティングしてきた経験から、在庫ロス削減による劇的な資金繰り改善手法をお伝えします。特に製造業にとっては業績に直結する重要な要素です。
本記事で扱う「在庫ロス」は、在庫の量を最適化する「在庫圧縮」や、在庫を持つこと自体への認知バイアスを扱う議論とは異なる視点です。在庫ロスとは「劣化・陳腐化・破損・盗難によって在庫の価値そのものが失われる」現象です。量が多いか少ないかではなく、「持っている在庫がいつの間にか価値を失っている」という、見落としやすいリスクに焦点を当てます。
これは資金を非効率的に使用することになり、企業の資金繰りに悪影響を与えます。在庫ロスを発見し、改善することで、資金繰りを劇的に改善できる可能性があります。
「念のため在庫を多めに持っておく」という判断は、一見合理的に見えます。早稲田大学の入山章栄教授が紹介する「リアルオプション理論」は、この判断の本質を解明します。
— 入山章栄(早稲田大学大学院経営管理研究科 教授)
「念のため在庫を持つ」という行動は、まさに「将来需要が発生したときに即座に対応できる選択権」を買っている状態です。しかしこの選択権には保管コスト、劣化リスク、資金の固定化という「保持コスト」が伴います。多くの経営者は選択権の価値(欠品を防げる安心感)だけを見て、保持コスト(劣化・陳腐化・盗難というリスク)を見落としています。
在庫ロスの本質は、この「保持コストの見落とし」です。在庫を持つことの安心感に比べて、それがゆっくりと価値を失っていくリスクは目に見えにくく、棚卸しという形で実態を確認するまで気づかれません。
製造業の具体的事例を通じて、在庫ロス削減がもたらす8つの効果を詳しく解説します。いずれも実際の現場で見聞きした対話を交えて紹介します。
金属加工業A社での出来事です。月次の棚卸しを始めたところ、高価な特殊合金の使用量が帳簿上の数字と大きく異なることが判明しました。社長に伝えると「現場の感覚としては、そんなに無駄にしているとは思っていなかった」という反応でした。調査の結果、加工時の端材が想定以上に出ていることがわかり、切断方法の見直しにより年間で原材料費を5%削減できました。「数字で見せられて初めて、現場の感覚とのズレに気づいた」という社長の言葉が印象的でした。
電子部品メーカーB社では、四半期ごとの棚卸しで、ある製品の部品が大量に余っていることを発見しました。製品の設計変更により不要となった部品でした。担当者は「いつか使うかもしれないから」と保管を続けていましたが、早期に発見できたため、他の製品への流用や取引先への転売などの対策を講じることができ、廃棄損失を最小限に抑えられました。
家具メーカーC社での月次の仕掛品棚卸しでは、特定の工程で半製品が滞留していることが判明しました。ボトルネックとなっていた工程を特定し、作業手順の見直しと人員配置の最適化を行った結果、生産リードタイムを2週間短縮できました。
工具購入費削減
廃棄ロス削減
精密機器メーカーD社での年2回の工具棚卸しでは、高価な測定器が行方不明になっていることが判明しました。社内での捜索の結果、別の部署で長期間借用されていたことがわかりました。「誰かが持っているはずなのに、誰も把握していない」という管理の不在が浮き彫りになった瞬間です。これを機に工具管理システムを導入し、年間の工具購入費を30%削減できました。
食品メーカーE社での月次の原材料棚卸しでは、賞味期限の管理が不十分で、一部の原材料が使用不能になっていることがわかりました。先入れ先出し方式の徹底と在庫管理システムの導入により、原材料の廃棄ロスを年間90%削減できました。
機械部品メーカーF社では、四半期ごとの棚卸しで、高価な希少金属の在庫数が帳簿と合わないことが判明しました。調査の結果、従業員による横領が発覚。社長は「長年信頼していた社員だったので、ショックは大きかった」と話していましたが、早期発見により被害を最小限に抑えるとともに、再発防止策を講じることができました。
自動車部品メーカーG社では、週次の棚卸しを実施することで、部品ごとの在庫推移を詳細に把握できるようになりました。これにより生産計画の精度が向上し、納期遅延を年間で50%削減。顧客満足度の向上にもつながりました。
プラスチック成形メーカーH社での月次の金型棚卸しでは、使用頻度の低い金型が多数あることが判明しました。金型の共通化や廃棄を進めることで、金型の保管スペースを30%削減。空いたスペースを新たな生産ラインの増設に活用し、売上増加につなげることができました。
在庫ロスを減らすことで、運転資金の改善、保管コストの削減、商品回転率の向上、損失の軽減という4つの効果が同時に実現できます。在庫に滞留していた資金を他の用途に活用できるため運転資金が改善し、倉庫スペースや管理コストの節約で固定費も削減されます。新鮮で需要の高い商品提供により商品回転率が向上し、廃棄や値引き販売による損失も最小限に抑えられます。
— 近江商人の教え
近江商人の「始末」の精神は、現代の在庫ロス管理にそのまま活かされます。「いつか使うかもしれない」「念のため取っておく」という曖昧な判断を放置することは、まさに「しまつをつけない」状態です。A〜H社の事例に共通していたのは、誰かが「いつか必要になるかもしれない」と先送りにした在庫が、気づかぬうちに価値を失っていたという構造でした。
入山章栄のリアルオプション理論で言えば、「選択権を持つことのコスト」を定期的に見直し、コストが価値を上回った時点で「決着をつける」——これが現代における「始末」の実践です。在庫ロスの発見と改善は、一時的な対策ではなく、継続的なプロセスとして取り組むことが重要です。定期的な分析と改善を行うことで、長期的な資金繰りの改善につながります。
社長の皆様には、在庫管理を単なる経理作業とみなすのではなく、経営改善の重要なツールとして認識していただきたいと思います。定期的な棚卸しの実施と、その結果の分析・活用を通じて、御社の競争力向上につなげていくことをおすすめします。
在庫ロスは「在庫の量」の問題ではなく「在庫が持つ価値が静かに失われていく」問題です。入山章栄のリアルオプション理論が示すように、在庫を持つことの安心感だけでなく、その保持コストを定期的に見直す視点が欠かせません。近江商人の「始末」の精神に従い、一つ一つの在庫アイテムに決着をつける継続的な棚卸しの実践が、資金繰り改善の確実な土台となります。
在庫の「量」を見直したい方、在庫保有の心理的な落とし穴を知りたい方には以下の記事もおすすめです。
毎週月曜日、経営の本質を突く洞察をお届けしています。
渋沢栄一・二宮尊徳・近江商人の智慧と現代財務理論を融合した
「収益満開経営」の実践法を、無料でお読みいただけます。
PDFファイルなので、スマホ・PCですぐにダウンロード可能
ご登録後のステップメールにてお受け取りいただけます
※いつでも配信解除できます
合同会社エバーグリーン経営研究所
経営コンサルタント 長瀬好征
「和魂洋才」による収益満開経営で、失われた30年を終わらせ、
2200年の日本に繁栄を残す