書名:会計HACKS!
著者:小山龍介・山田真哉
出版社:東洋経済新報社(2010年刊行)
長瀬評価:★★☆☆☆(条件付き推奨)
有名人2人による共著として大きな話題となった本書。小山龍介さんは「HACKS!」シリーズで知られるプロデューサーであり、山田真哉さんは『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』で一躍有名になった公認会計士です。実は私も小山さんが松竹のプロデューサー時代に、新商品開発に関する講義を事務局メンバーとして聴いたことがあり、期待を持って読み進めました。
しかし、中小企業の財務改善支援を通じて現場を熟知している立場から見ると、理論的には優れているものの、実践面で重大な問題があることが明らかになりました。特に「感情」と「勘定」のバランス論は秀逸であり、会計的思考を日常生活やビジネスに取り入れるという発想には大いに共感します。
💡 本書の基本的価値
会計的思考の重要性を分かりやすく解説し、数字と感情のバランスを取る視点を提供している点は確実に評価できます。特に「動態的な財務視点」やキャッシュフロー重視の姿勢は、現代経営において不可欠な考え方です。
ただし、252ページのうちのたった4ページが、この評価を大幅に下げる致命的な内容を含んでいます。これが中小企業経営者にとって極めて危険な誤解を招く可能性があるため、詳細な検証が必要と判断しました。
財務改善支援の現場経験を通じて、本書の実用性を検証しました。理論的な美しさと現場での使いやすさには、しばしば大きなギャップが存在します。特に中小企業においては、理論的な正しさよりも実践的な有用性が重要視されるため、この検証は不可欠です。
著者の経歴を見ると、政府の民間委員や企業のCFOを務めているそうです。つまり、上場企業やマクロ経済の視点からの発言であり、ここに根本的な問題があります。中小企業の経営者が直面している現実と、上場企業の管理部門が扱う数字は全く別物だということです。
中小企業では以下の要素が経営の生命線となります:
自己資本比率:銀行融資の審査において最重要指標の一つ。これを「机上の空論」と断じることは、融資の現実を無視した危険な見解です。
労働分配率:人件費管理の重要指標であり、適正な水準維持が持続的経営の基盤となります。「無駄指標」という評価は現場感覚を完全に欠いています。
日々の財務指標:理論的な美しさより、タイムリーな経営判断への活用が最優先事項です。
実際の支援現場では、これらの指標が経営者の判断を支える重要な道具として機能しています。中小企業庁の白書でも指摘されているように、中小企業の資金調達において財務指標の重要性は論を待ちません。
本書の致命的な問題は、中小企業の実情を完全に無視した指標批判にあります。これらの問題点は、単なる理論的相違ではなく、実際の経営判断に悪影響を与える可能性があります。
❌ 致命的問題①:自己資本比率を「机上の空論」と断言
中小企業にとって自己資本比率は、銀行融資の生命線です。金融機関の審査において、この指標の良し悪しが融資可否を左右することは現場では常識中の常識。これを机上の空論と言い切るのは、中小企業の資金調達の現実を全く理解していない証拠です。
❌ 致命的問題②:労働分配率を「無駄指標」と切り捨て
「労働分配率は1円も生まない無駄指標」という主張は、中小企業の人件費管理の現実を完全に無視しています。適正な労働分配率の維持は、従業員のモチベーション管理と企業の収益性確保の両立において不可欠な指標です。
❌ 致命的問題③:上場企業目線でのアドバイス
著者の経歴(政府委員、企業CFO)から見て、完全に上場企業の視点で書かれており、中小企業の実情に合いません。規模の異なる企業では、重要視すべき指標も判断基準も根本的に異なることを看過しています。
これらの問題は、単に「理論的な相違」ではありません。実際に本書の主張を鵜呑みにした中小企業経営者が、重要な財務指標を軽視することで、経営判断を誤るリスクがあります。
公平な評価のため、本書の優れた点と問題点を明確に分けて分析します。理論的価値と実践的価値は必ずしも一致しないため、この区別は重要です。
特に重要なのは、本書の理論的価値を認めつつも、それを中小企業の現場にそのまま適用することの危険性を理解することです。優れた理論も、適用する文脈を間違えれば有害になりうるという典型例と言えるでしょう。
では、中小企業の経営者は会計をどのように学び、活用すべきでしょうか。理論と実践の架け橋となる現実的なアプローチを提案します。
理論より実践、指標より現金の流れを重視しつつも、基本的な財務指標の意味は必ず押さえる。特に自己資本比率と労働分配率は、中小企業にとって生命線であることを理解し、これらを経営の羅針盤として活用することが重要です。
基本原則:会計的思考は確かに大切ですが、それを中小企業の現場に落とし込むには、もう一段階の「翻訳」が必要です。理論と実践の間にある深い溝を埋めることこそが、真の経営支援と考えています。
財務改善支援の経験から言えることは、理論的な美しさと実践的な有用性は必ずしも一致しないということです。中小企業には中小企業に適した会計的思考の活用法があり、それは上場企業のそれとは根本的に異なります。
より実践的な財務知識については、日本政策金融公庫の経営情報なども参考になります。また、近江商人の「三方よし」の精神に学ぶ経営手法など、古典の叡智と現代科学を融合したアプローチも有効です。
総合的な評価として、対象読者を明確にした上で、本書の位置づけを整理します。
上場企業の管理部門の方:理論的アプローチが実務に活かしやすい環境
会計的思考の基礎を学びたいサラリーマン:日常業務への応用が期待できる
理論的な会計論に興味がある方:学術的価値を理解できる
マクロ経済の視点で企業分析をしたい方:分析フレームワークとして有用
中小企業の社長・経営者:現場の実情に合わない可能性が高い
実務で使える財務知識を求める方:理論偏重で実践的でない
銀行融資や資金繰りに悩んでいる方:重要指標を軽視する危険性
現場で即座に使える指標を知りたい方:実用性に欠ける内容
理論的価値は認めるが、中小企業の現場では使用上の注意が必要。対象読者を選ぶ書籍として、条件付きで推奨します。
💡 財務知識習得の完全ガイド:理論的な会計知識から実践的な財務管理まで、上記の関連記事を順番に読み進めることで、中小企業経営者に必要な財務力を体系的に身につけることができます。特に書評シリーズでは、良書の見分け方も学べます。