【2025年度、融資審査の「物差し」が根本から変わった】
金融庁が2025事務年度金融行政方針を公表し、銀行による「事業性評価融資」の推進が明記された。東京商工リサーチの調査によれば、2024年度の企業倒産件数は1万7千件を超え、設立10年未満の倒産が全体の29.1%を占める。このうち放漫経営(事業計画の不在)を原因とする割合は11.0%で、全体平均の4.9%の2倍以上にあたる。
同時に、2026年5月に「企業価値担保権」制度が施行された。土地・建物の物的担保ではなく、事業の将来価値を担保とする新しい融資の枠組みである。「なんとなく経営」を続ける社長と、自社の事業を筋道立てて説明できる社長との間に、融資条件で決定的な差が生まれる時代が本格的に始まった。
私はこれまで30社以上の中小企業の財務改善を支援してきた。その経験から言えば、銀行担当者に「事業の将来性を説明してください」と問われて答えられない社長は、今も驚くほど多い。2025年の金融行政方針は、そうした状況に対する国家レベルの警鐘である。この記事では、方針が示す5つの根本的変化を解説し、今から備えるべき経営者像を具体的に示す。
この記事は「金融行政方針2025完全ガイド」シリーズの第1回です。第2回以降では「銀行に評価される経営者の3条件」「資産運用立国が中小企業に与える影響」を順次解説します。
シリーズ完全ガイドは順次公開予定です。関連する最新情報はブログ一覧をご確認ください。
2026年5月に施行された「企業価値担保権」は、日本の融資慣行を根底から変える制度である。これまでの担保は土地・建物という「過去の資産」が中心だった。新制度では、企業の事業価値そのもの——将来にわたるキャッシュフロー創出能力——を担保とする。
【何が変わるのか——実務レベルの変化】
金融庁の2025事務年度金融行政方針は、「事業者の実態に即した事業性評価を行い、担保・保証に過度に依存しない融資の推進」を重点政策として明記した。これを受けた銀行では、融資審査に際して「この事業が5年後も収益を生み続けられるか」という視点が必須となっている。
渋沢栄一の「論語とそろばん」という言葉は150年前のものだが、その核心は「なぜこの事業をするのか(論語)」と「どのように収益を上げるのか(そろばん)」を明確に語れる経営者こそが信頼に値するという主張だ。2025年の金融行政方針は、まさにこの古典的命題を制度として再定義したといえる。
2024年度の倒産データを見ると、この変化の深刻さがよく分かる。帝国データバンクの分析によれば、倒産企業の約6割は「決算書の赤字継続」ではなく「銀行との対話不足」が直接的引き金になっているケースが少なくない。事業の実態を説明する言語化能力の欠如が、融資打ち切りにつながる構造が鮮明になっている。
【倒産データが示す構造的問題】
東京商工リサーチ(2025年)によれば、設立10年未満の企業倒産のうち、放漫経営が11.0%、販売不振が70.3%を占める。両者を合計すると81.3%が「事業の方向性の不在」に起因する倒産といえる。
一方、日本政策金融公庫の調査では、創業時に詳細な事業計画書を作成した企業の5年後存続率は、計画なし企業と比べて約1.4倍高いというデータがある。事業計画は「提出書類」ではなく、存続を左右する「経営の羅針盤」なのである。
金融庁が推進する「事業性評価」では、社長に次のような説明を求める。私がコンサルティングの現場で目撃する「銀行担当者が本当に知りたいこと」と完全に一致している。
1. 事業の将来性について
2. 具体的な収益計画について
3. 経営管理体制について
これらを論理的に説明できる経営者が、全中小企業の中でどのくらいいるか。私の肌感覚では、せいぜい1〜2%ではないかと思う。2025年中小企業白書でも「経営力の強化が企業存続の最重要課題」と明記されているが、「数字で語る」「根拠を示す」という基本スキルの不在を指摘するデータは毎年悪化している。
二宮尊徳の「分度」という概念がある。身の丈に合った収支計画を把握し、余剰を将来に「推譲」(再投資)する経営哲学だ。「今月いくら使えるか」を根拠を持って示せる経営者は、銀行との対話でも、従業員との意思疎通でも、圧倒的に強い。説明能力は経営能力そのものである。
金融庁が推進するデジタル化対応とは、「システムを導入すること」ではない。「データに基づいて経営判断できるか」という思考の構造転換を指している。
【デジタル時代に求められる経営思考の4要素】
経済産業省の中小企業デジタル化実態調査(2024年)によれば、クラウド会計や販売管理システムを導入しただけで「デジタル化完了」と考えている経営者が7割以上を占める。しかし金融庁が評価するのは「データを使って経営判断ができているか」という「活用の質」であり、「システムを持っているか」という「保有の事実」ではない。
近江商人の「始末(しまつ)」精神は、無駄を排除し本質に集中する経営哲学だ。デジタル時代における「始末」とは、大量のデータの中から意思決定に必要な指標を絞り込み、行動につなげる思考の切れ味そのものといえる。情報過多の時代に何を見て何を捨てるかを判断できる経営者こそが、銀行と従業員の双方から信頼される。
ものづくり補助金やIT導入補助金の採択率は、近年30〜40%台で推移している。かつて採択率が70%を超えていた時期と比べると、これは単なる予算削減ではない。政府の明確な意図が読み取れる。
【補助金採択率低下の本当の理由】
2025年中小企業白書は「経営力こそが企業存続の決定要因」と明記した。この文脈で補助金採択率の低下を解釈すると、「事業の将来性を論理的に説明できない申請書は通さない」という政策的意志の表れと読める。
採択された企業の申請書を分析すると、共通して「現状の課題を数字で説明できている」「投資の回収計画に根拠がある」「市場環境の変化を踏まえた戦略がある」という特徴がある。これはまさに事業性評価融資で銀行が求める説明能力と完全に一致する。
一倉定氏が1970年代に「社長よ、経営計画を立てろ」と提唱してから半世紀が経過した。しかし経済産業省の実態調査では、事業計画書を毎年更新している中小企業はいまだ2割に満たない。半世紀の警告は届いていない。政府はついに、警告を「制度的排除」という形で実行に移したのである。
補助金が欲しいから計画を書くという外発的動機では、真の経営力は身につかない。デシとレッパーの動機づけ研究(1973年)が明らかにしたように、外的報酬は内発的動機を侵食する。「補助金のための計画書」ではなく「自社の未来を描く道具としての計画書」という発想の転換が、長期的な経営力向上に不可欠だ。
ここまで読んで気が重くなった経営者もいるかもしれない。しかし視点を変えれば、これは未曾有のチャンスである。
【準備した経営者の4つの競争優位】
逆に「これまで通り」を続ける場合のリスクは深刻だ。融資審査の長期化、金利・担保条件の悪化、補助金採択の困難化、そして優秀な人材の確保難——これらが重なると、黒字であっても資金繰りに窮する「利益なき繁忙」に陥る企業が続出する。
近江商人の「三方よし」は、売り手・買い手・世間の三者がともに得をする経営を理想とした。2025年の金融行政方針が描く「新時代の経営者像」は、銀行(社会)・顧客・従業員に対して自社の価値を説明できる社長という意味で、この古典的理念の現代版ともいえる。日本の商いの本質は、200年を超えて変わっていない。
では、具体的に何から始めるべきか。私が30社以上の財務改善支援で共通して最初に取り組む「3つのアクション」を紹介する。
1. 月次の数字を「自分の言葉」で説明できるか確認する
直近3か月の売上・粗利・経費の推移を見て、「なぜこうなったか」を15分で口頭説明してみる。詰まる箇所が、経営の盲点である。
2. 売上目標を「根拠のある数字」に変える
「頑張る」ではなく「月商○○万円」と具体化し、その根拠(顧客数×単価×購買頻度)を書き出す。ここが事業計画の出発点だ。
3. 銀行担当者に「事業の将来性」を説明する機会をつくる
融資の有無に関わらず、銀行との定期対話の場を設ける。説明に詰まった箇所が、次の事業計画で補強すべきポイントになる。
重要なのは、難しく考えすぎないことだ。最初から完璧な5年計画は不要である。今月の数字を把握し、来月の目標を根拠を持って語れる——この「1か月の見通し能力」から積み上げていくことが、二宮尊徳の「積小為大」(小さな積み重ねが大きな成果を生む)の実践となる。
【コンサルティング現場から:計画の「正確さ」より「羅針盤性」が重要】
私が支援する経営者の多くは、最初「計画が外れたら恥ずかしい」という心理的ハードルを抱えている。しかし事業計画の本質的価値は予測の正確さにあるのではなく、「目的に近づいているかを確認する羅針盤として機能しているか」にある。計画は外れて当然であり、外れたときにどう修正するかを考えるために計画書があるのだ。
帝国データバンクのデータが示すように、計画書を活用して月次で軌道修正する経営者は、予測精度が低くても最終的な業績が安定している傾向がある。「正しい計画」ではなく「使い続ける計画」こそが、2025年の金融行政方針が求める経営者像の核心である。
2025事務年度金融行政方針は、表面的な制度変更ではない。「説明できる経営者だけを支援する」という国家的意志の表明である。企業価値担保権・事業性評価融資・補助金採択厳格化——この三位一体の政策は、日本の中小企業経営者に「自立」を求めている。
この変化を「脅威」と感じるか「チャンス」と感じるかは、今日の決断にかかっている。準備した経営者と従来通りの経営者の差は、3年後・5年後に決定的な形で現れる。「和魂洋才」による収益満開経営で、失われた30年を終わらせる第一歩を踏み出していただきたい。
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経営コンサルタント 長瀬好征
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