先週埼玉県の製造業社長と面談しました。年商5億円、従業員30名、創業15年の会社です。決算書を見ると売上は前年比110%、経常利益も3,000万円の黒字。数字だけ見れば順調そのものです。
しかし、社長の顔は疲弊していました。
「長瀬さん、うちは黒字なんですよ。売上も伸びてる。でも、なぜか月末になると資金繰りが苦しくて…取引先への支払いが遅れそうになることもあって」
この言葉を聞いた瞬間、私は30社以上の財務改善支援で何度も見てきた「あるパターン」を思い出しました。
売上があるのにお金がない――この矛盾した状況の99%は、「経常運転資金」という概念を理解していないことが原因です。
支援現場で見えた衝撃の事実
この社長は、売掛金の回収サイトが90日(3ヶ月後入金)なのに、仕入れ代金の支払いサイトが30日(翌月払い)という構造に気づいていませんでした。つまり、支払いが先、入金が後という状態が続いていたのです。
売上が伸びれば伸びるほど、このズレが拡大し、必要な運転資金も増える――「売れば売るほど資金が苦しくなる」という悪循環に陥っていました。
この記事では、30社以上の財務改善支援の現場で見てきた「売上があるのにお金がない」という状況の本質的な原因と、それを解決するための具体的な3ステップを、実践的な視点から解説します。
黒字倒産という最悪の事態を回避するために、今日から始められることがあります。
冒頭の製造業社長との対話を続けましょう。
私:「社長、売上が5億円あるということは、手元に5億円の現金があるということですか?」
社長:「えっ…そうじゃないんですか?売上があれば、その分のお金があるんじゃ…」
私:「それが、会計の大きな罠なんです。売上と現金は、全く別物なんですよ」
この社長と同じように、多くの中小企業経営者が「売上さえ上がっていれば会社は安泰だ」という誤解に陥っています。確かに売上は企業活動の源泉であり、非常に重要な指標です。
しかし、会計上の「売上」や「利益」と、実際に会社が自由に使える「お金(現金預金)」の間には、タイムラグやズレが存在します。このズレを理解しないまま経営判断を行うと、気づかぬうちに資金ショートのリスクを高めてしまうのです。
企業間取引では、商品を掛けで販売するケースが一般的です。
具体例:製造業A社の取引
| 取引項目 | 発生時期 | 入金・支払時期 | キャッシュフローへの影響 |
|---|---|---|---|
| 原材料の仕入れ | 4月初旬 | 4月末支払い(30日サイト) | 現金が減少 |
| 製品の製造・販売 (売上計上) |
4月中旬 | 7月初旬入金(90日サイト) | 帳簿上は売上だが 現金はまだない |
このケースでは、仕入れ代金の支払いが先(4月末)で、売上代金の入金が後(7月初旬)になっています。この約2ヶ月間、運転資金が不足すると、新たな仕入れができなかったり、他の経費の支払いが滞ったりする可能性があります。
売上が計上されても、その売掛金が現金として入金されるまでには時間がかかります。売掛金の回収が遅れたり、回収までの期間(回収サイト)と仕入れ代金や経費の支払いまでの期間(支払いサイト)に大きなズレが生じたりすると、資金繰りは一気に悪化します。
特に、建設業や大企業との取引が多い下請け企業などでは、支払いサイトが長く設定される傾向があり、注意が必要です。売上が増加すればするほど、このズレによる必要な運転資金も増加するため、「売れているのに資金が足りない」という状況に陥りやすくなります。
「毎日の入金と支払いを把握し、常に現金の動きを見える化せよ」
300年前の近江商人は、既に「お金の流れの見える化」の重要性を実践していました。売上帳簿だけでなく、毎日の現金出納帳を必ずつけ、今日の現金残高を正確に把握する――この習慣が、商いの継続を可能にしたのです。
現代の経営者は、会計ソフトに頼りすぎて、この「日々の現金の動き」を見失っています。売上と現金のズレを理解するには、近江商人の智恵に学ぶ必要があります。
冒頭の製造業社長との対話は、ここから核心に入りました。
私:「社長、『経常運転資金』という言葉を聞いたことがありますか?」
社長:「いや…初めて聞きます。それが、資金繰りと関係あるんですか?」
私:「これこそが、売上があるのにお金がない状態を生み出す、真の犯人なんです」
経常運転資金の定義
この式が示すのは、「売上は立ったが、まだ現金化されていない資産(売掛金・在庫)」と「まだ支払っていない負債(買掛金)」の差額です。
この差額分が、常に必要な運転資金となります。
商品を掛けで販売すると、売上は計上されますが、代金は後日入金されます。この入金待ちの金額が「売掛金」です。回収サイトが長いほど、売掛金は膨らみます。
商品や原材料を仕入れると、その時点で現金が支出されます(または買掛金が発生)。しかし、それがまだ売れていなければ、現金化されていません。この売れ残り在庫が資金を圧迫します。
仕入れを掛けで行うと、支払いは後日になります。この支払い待ちの金額が「買掛金」です。支払いサイトが長いほど、手元資金は温存されます。
経常運転資金の本質
売掛金と在庫が多いほど、必要な運転資金は増える
買掛金が多いほど、必要な運転資金は減る
つまり、「早く仕入れて、遅く売って、早く支払って、遅く回収する」ほど資金繰りは苦しくなるのです。
冒頭の製造業社長の会社では、こんな状況が起きていました。
A社の実例(年商5億円→5.5億円に増加)
| 項目 | 前年度 | 今年度 | 増加額 |
|---|---|---|---|
| 年商 | 5.0億円 | 5.5億円 | +0.5億円 |
| 売掛金(90日サイト) | 1.25億円 | 1.375億円 | +0.125億円 |
| 在庫 | 0.5億円 | 0.6億円 | +0.1億円 |
| 買掛金(30日サイト) | 0.4億円 | 0.45億円 | +0.05億円 |
| 経常運転資金 | 1.35億円 | 1.525億円 | +0.175億円 |
売上が5,000万円増えたことで、経常運転資金が1,750万円も増加しました。つまり、売上が増えたことで、新たに1,750万円の資金が必要になったのです。
この1,750万円を調達できなければ、売上が伸びているのに資金繰りが苦しくなるという矛盾した状況が生まれます。
理化学研究所の研究により、「経営数字への苦手意識」は4ヶ月の訓練で克服可能であることが証明されています。
多くの経営者が「財務は苦手」と感じるのは、脳の「数字処理回路」が未発達なだけです。経常運転資金のような基本概念を、毎月1回、3ヶ月間計算し続けることで、脳内に「財務直観力」の神経回路が形成されます。
実践方法:月末に決算書を見て、「売掛金+在庫−買掛金」を計算するだけ。たったこれだけで、4ヶ月後には経営数字への苦手意識が消えます。
冒頭の製造業社長には、以下の3ステップを実践していただきました。3ヶ月後、社長からこんな報告を受けました。
「長瀬さん、信じられないです。月末の資金繰りが全く苦しくなくなりました。今まで何が見えていなかったのか、やっと分かりました」
── 岡山市内・製造業社長(年商5億円)
まず、自社の経常運転資金を正確に把握しましょう。
具体的なアクション
期待される効果
・資金不足の「予兆」を早期に発見できる
・売上増加に伴う必要資金を事前に把握できる
・金融機関への説明資料として活用できる
経常運転資金を減らす最も効果的な方法は、回収を早め、支払いを遅くすることです。
具体的なアクション
| 対象 | 現状認識 | 改善策 |
|---|---|---|
| 売掛金 | 現在の回収サイトを確認(例:90日) | ・取引先との交渉で60日に短縮 ・早期入金割引の提案 ・前金制の導入検討 |
| 在庫 | 過剰在庫の有無を確認 | ・デッドストックの処分 ・需要予測精度の向上 ・発注サイクルの最適化 |
| 買掛金 | 現在の支払いサイトを確認(例:30日) | ・仕入先との交渉で60日に延長 ・支払い条件の見直し ・手形決済の活用 |
改善効果の試算(A社の例)
・売掛金回収サイト:90日→60日(-3,000万円)
・在庫削減:20%削減(-1,200万円)
・買掛金支払いサイト:30日→45日(+1,500万円)
合計:経常運転資金を2,700万円削減
経常運転資金の推移を把握したら、今度は「いつ、いくら必要になるか」を予測します。
具体的なアクション
資金繰り表の基本項目
| 区分 | 主な項目 |
|---|---|
| 収入の部 | 売掛金回収、現金売上、手形入金、借入金など |
| 支出の部 | 買掛金支払、人件費、家賃、リース料、経費、借入返済、税金など |
| 財務収支 | 借入金実行、借入金返済 |
| 月末残高 | 前月繰越+収入−支出 |
期待される効果
・資金ショートを事前に回避できる
・金融機関との交渉時期を見極められる
・経営者の不安が大幅に軽減される
「小さな改善の積み重ねが、やがて大きな変革をもたらす」
経常運転資金の削減も、売掛金を5日短縮、在庫を3%削減、買掛金を3日延長――このような小さな改善の積み重ねです。いきなり劇的な変化を求めるのではなく、できることから着実に実行する。
二宮尊徳が荒廃した農村を再生したのも、大きな政策ではなく、「今日できる小さな改善」を毎日積み重ねた結果でした。資金繰り改善も同じです。
「売上があるのにお金がない」という苦境は、経常運転資金の増加、売掛金の回収遅延、過剰在庫、借入金負担、予期せぬ支出といった複数の要因が絡み合って発生します。
しかし、本記事で解説した以下の対策を実践することで、この状況は必ず打開できます。
「売掛金+在庫−買掛金」を月次で計算し、推移を把握する。この数字が増えていれば、その分の資金調達が必要と認識する。
売掛金の回収を早め、在庫を削減し、買掛金の支払いを遅らせる。この3つの改善により、経常運転資金を大幅に削減できる。
いつ、いくら資金が不足するかを事前に予測し、対策を講じる。資金ショートを未然に防ぐことができる。
「売上があるのにお金がない」状態は、決して解決不可能な問題ではありません。
冒頭の製造業社長のように、経常運転資金という概念を理解し、お金の流れを見える化することで、資金繰りの不安から解放され、攻めの経営へと舵を切ることができます。
まずは今月から、経常運転資金を計算してみてください。それが、黒字倒産を回避し、盤石な経営基盤を築く第一歩となります。
💡 シリーズで学ぶ:経常運転資金の理論から実践まで、体系的に学ぶことができます。特に信用取引(掛け取引)が日本企業の資金繰りを苦しめている構造的問題を理解することで、根本的な改善が可能になります。
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