2025年の賃上げ戦略 – 事業計画に基づく持続可能な人材投資

2025.02.25

2025年の賃上げ戦略|事業計画に基づく持続可能な人材投資

「やむを得ず賃上げ」から「戦略的人材投資」へ──経営コンサルタントが解説する経営の本質
📅 更新日:2026年2月26日

「社長、どうしても今年も賃上げしないといけないんですかね……」先日、川越市内の飲食業の社長と面談した際、こんな言葉が飛び出しました。年商3億円、従業員20名。コロナ禍を乗り越え、売上は回復しつつある。しかしキャッシュフローはギリギリで、毎月の給与支払日が近づくたびに胸が締め付けられるような思いをしているといいます。

その社長の「賃上げへの恐怖」は、決して珍しいことではありません。2025年春闘で平均賃上げ率は2年連続で5%台(全体5.46%、中小企業5.09%)を記録し、経営者には「賃上げは当然」という社会的プレッシャーがかかっています。東京商工リサーチの調査では、実に85.2%の企業が2025年度に賃上げを予定しているとのこと。

しかし問題は、この85.2%の企業のうち、どれだけが「事業計画に基づく戦略的な賃上げ」を行っているか、という点です。同調査によれば、持続的な賃上げ見通しが立っていない企業は34.6%、「毎年実施するのは難しい」と回答した企業は5.3%存在します。計画なき賃上げは、一時的なモチベーション向上には寄与しても、会社の財務体質を静かに蝕んでいく危険性があります。

私が30社以上の財務支援をしてきた経験から断言できます。賃上げで会社が傾くケースに共通しているのは「社長が事業計画なしに、世間の流れに乗って賃上げを決めた」ことです。価格転嫁も、生産性向上策も、資金繰りのシミュレーションも何もないまま、「従業員が大事だから」「競合他社に合わせなければ」という感情論だけで判断してしまった結果です。

財務を軸とした経営コンサルタントとして活動する長瀬好征です。渋沢栄一の「論語とそろばん」、二宮尊徳の「道徳経済合一説」、近江商人の「三方よし」の精神を現代経営に活かす「収益満開経営」を提唱しています。

賃上げは「すべき」か「すべきでないか」という二元論で語るべきものではありません。それは事業計画という「地図」を持った上で、経営者が主体的に判断すべき戦略的テーマです。

この記事を読むことで、以下のことが理解できます。

  • ✅ 2025年最新データに基づく賃上げの現状と中小企業の実態
  • ✅ 事業計画なき賃上げが財務体質を悪化させる具体的メカニズム
  • ✅ 賃上げ原資を確保するための5つの戦略的アクション
  • ✅ 賃上げ実施後の予実管理と軌道修正の実践法
  • ✅ 「人を生かす経営」と「財務の健全性」を両立させる思考法

近江商人の家訓に「仕入れた商品が売れる算段ができてから、はじめて仕入れる」という教えがあります。賃上げも同じです。「払える算段」ができてから実施する──この原則を守るだけで、賃上げが会社の推進力になります。

1. 2025年春闘の実態──中小企業に突きつけられた現実

2025年の春闘(連合第1回回答集計)では、賃上げ率が全体5.46%と前年をやや上回り、2年連続で5%台を記録しました(三菱総合研究所調べ)。中小企業(組合員300人未満)でも5.09%と、1992年以来33年ぶりに5%台に乗せています。

数字だけを見れば「賃上げが定着しつつある」という見方もできます。しかし、この数字が示す「明るい側面」だけに目を向けてはいけません。

📊 東京商工リサーチ(2025年2月)調査の衝撃的な数字

  • 2025年度に賃上げを「実施する」企業:85.2%(調査開始以来最高)
  • 持続的な賃上げ見通しが立っていない企業:34.6%
  • 「毎年実施するのは難しい」と回答した企業:5.3%
  • 賃上げを「実施しない」企業で価格転嫁できていない企業:36.4%

この数字が示しているのは、「賃上げを予定しているが、財務的な裏付けに自信がない企業が3社に1社以上ある」という厳しい現実です。

さらに注目すべきは、賃上げの主な理由の内訳です。東京商工リサーチの調査によれば、賃上げ理由の上位は「従業員の離職防止」(78.0%)と「物価高への対応」(71.7%)。これは言い換えれば、「戦略的に賃上げを決めた」のではなく、「やむを得ず賃上げに踏み切った」企業が大多数であることを意味しています。

大企業(資本金10億円以上)の賃上げ率が5.39%であるのに対し、経団連の中小企業調査では4.35%にとどまっており、大手との格差も1%以上開いたままです。中小企業は賃上げ圧力を受けながら、原資確保の道筋が不透明なまま対応を迫られているのが実情です。

2. 事業計画なき賃上げが財務体質を蝕む仕組み

「賃上げが会社を傾かせる」というのは、決して大げさな表現ではありません。私が支援した実例を紹介します。

川越市内の製造業(年商5億円、従業員35名)では、2023年に業界全体の賃上げムードに乗って月給を一律2万円引き上げました。年間の人件費増加額は約840万円。当時は「売上も伸びているし大丈夫だろう」という判断でした。

しかし翌2024年、原材料価格の高騰が直撃。売上は横ばいなのに人件費だけが膨らみ、営業利益率が5.2%から1.8%に急落。さらに価格転嫁を取引先に申し込んだところ、「難しい」と断られ、キャッシュフローが急速に悪化しました。

このケースで欠けていたものは明確です。

❌ 計画なき賃上げで欠けていた4つの視点
① 収益予測の不在

「今期も大丈夫だろう」という感覚ではなく、向こう2〜3年の売上・利益・キャッシュフローの数値予測が必要でした。人件費増加分を賄える収益構造になっているかを数字で確認せずに踏み切ったのが失敗の原因です。
② 価格転嫁戦略の不在

人件費が上がれば、製品・サービスの価格への転嫁が必要です。しかし「取引先との関係を壊したくない」という心理的ブレーキから、価格交渉を後回しにしていました。賃上げと価格転嫁は同時並行で動かすべきでした。
③ 生産性向上策の不在

「賃金を上げれば従業員のモチベーションが上がり、生産性も上がる」という期待だけで具体的な施策がありませんでした。生産性向上と賃上げはセットで計画されるべきです。
④ 資金繰りシミュレーションの不在

毎月の資金繰りへの影響を事前に試算していれば、最悪のシナリオを想定した対策が打てたはずです。賃上げは一度実施すると下げることが心理的にも実務的にも難しい。だからこそ事前シミュレーションが重要なのです。

二宮尊徳は「分度」という概念を説きました。それは「入るを量りて出を制す」──まず収入を正確に把握し、その範囲内で支出を決める思想です。賃上げという「出」を決める前に、収益という「入り」の算段を立てることが経営の本質です。

📚 関連記事:なぜ黒字なのに倒産するのか?利益と現金の分かれ道
賃上げによって利益が出ているように見えても、キャッシュフローが悪化するメカニズムを詳しく解説しています。

3. 賃上げ原資を確保する5つの戦略的アクション

賃上げを「やむを得ずやること」から「戦略的にやること」に変えるためには、まず原資確保の道筋を明確にしなければなりません。以下の5つのアクションは、私が財務支援の現場で実際に活用しているフレームです。

1
価格転嫁の計画的推進

人件費増加分の30〜50%を価格転嫁で賄うことを目標に設定します。取引先との価格交渉は「人件費が上がったから値上げしたい」という受け身の姿勢ではなく、「原材料費・エネルギー費・人件費の上昇を示すデータを提示した上で、適正価格への移行をお願いする」という積極的な姿勢で臨むことが重要です。2025年の調査では、賃上げを実施している企業での価格転嫁率は82.7%(転嫁できていない企業17.3%)であり、賃上げと価格転嫁の同時推進が可能なことを示しています。
2
生産性向上による労働コスト相殺

賃金を5%引き上げた場合、同じ賃金コストで5%多くのアウトプットを出せれば実質的な労働コスト増はゼロです。具体的には業務の標準化・デジタル化、不採算業務の整理、会議時間の削減などが有効です。特に中小企業では「社長がすべての判断をする」という構造が最大の生産性ロスになっているケースが多く、権限委譲と業務マニュアルの整備だけで生産性が10〜20%向上した事例もあります。
3
不採算部門・商品の整理

「全部門・全商品で賃上げを賄う」のではなく、「収益性の高いコアビジネスに経営資源を集中させ、そこから生まれる収益で賃上げを賄う」という発想が重要です。実際、収益性の低い事業を整理するだけで、残った事業の利益率が5〜10ポイント向上したケースは珍しくありません。
4
固定費の構造的見直し

賃上げによる人件費増加を「コスト増」として嘆くより、それを契機として固定費全体を見直す機会と捉えることが建設的です。家賃、リース料、保険料、広告費、外注費などを精査すると、「慣習で払い続けている費用」が意外と多いことに気づきます。固定費の削減は一度実施すれば永続的な効果があるため、賃上げ分を相殺する力強い施策になります。
5
キャッシュフロー改善による資金余力の確保

賃上げは毎月発生する固定費の増加であり、特に資金繰りへの影響が直接的です。売上債権の回収サイクル短縮、在庫の最適化、買掛金の支払いサイト見直しなど、キャッシュフロー改善を賃上げ前に手がけておくことで、資金的な余裕を生み出すことができます。

📚 関連記事:人件費 投資で成功する経営者が実践する3つの戦略【2025年版】
人件費を「コスト」ではなく「投資」として捉えることで、賃上げを経営戦略に組み込む考え方を解説しています。

4. 事業計画に基づく賃上げ判断の実践フレーム

事業計画に基づく賃上げとは、具体的にはどういう状態を指すのでしょうか。以下のフレームを活用することで、「感情的な賃上げ」から「戦略的な賃上げ」へ移行することができます。

Step1:賃上げ前に確認すべき5つの数字

Q1

向こう2年の売上予測は妥当か?

Q2

粗利率は賃上げ後も維持できるか?

Q3

資金繰りに3ヶ月分の余裕があるか?

Q4

価格転嫁の計画は具体化しているか?

Q5

生産性向上の具体策が存在するか?

この5つの問いに「YES」と答えられる状態を作ることが、事業計画に基づく賃上げの出発点です。

Step2:賃上げ率の設定方法

賃上げ率は「世間の平均に合わせる」のではなく、以下の計算式で算出することが理想です。

持続可能な賃上げ率 =(予測粗利益 − 現状固定費) ÷ 現状人件費 × 安全係数(0.8)× 目標賃上げ率

難しく感じるかもしれませんが、要は「粗利益が増加する見通しがあるか」「固定費に余裕があるか」を数字で確認するということです。この計算を経ずに「同業他社が5%上げたからうちも5%」という判断は、財務的に見て非常にリスクが高い行為です。

📚 関連記事:中小企業の生産性が低い根本原因!5つの財務盲点と解決策
賃上げと生産性向上を連動させるための財務的視点を詳しく解説しています。

5. 実施後の予実管理と軌道修正の具体手法

賃上げは「決定したら終わり」ではありません。実施後の予実管理と、必要に応じた軌道修正こそが、賃上げを持続可能なものにする鍵です。

月次モニタリングの4つの指標

賃上げ実施後は、以下の4指標を毎月必ず確認する習慣をつけてください。

  1. 人件費率(人件費 ÷ 売上高):賃上げ前後で何%変化したか。業種によって適正水準は異なりますが、前年比で2%以上上昇している場合は要注意です。
  2. 営業利益率:賃上げによる利益圧迫の程度を確認します。計画比で1%以上下回っている場合は価格転嫁や生産性向上の進捗を見直してください。
  3. 月次キャッシュフロー残高:月末の手元現金が計画値と乖離していないか確認します。3ヶ月連続で計画を下回っている場合は早期の対策が必要です。
  4. 一人当たり売上高(または粗利高):生産性の推移を確認します。賃上げ後に一人当たり粗利高が上昇していれば、賃上げ投資が効果を発揮しています。
⚠️ 軌道修正が必要なサインと対応策

  • 月次キャッシュフローが3ヶ月連続で計画比マイナス→価格転嫁交渉の前倒し実施
  • 人件費率が前年比3%以上上昇→不採算部門の早期整理を検討
  • 一人当たり売上高が低下→生産性向上施策の緊急見直し
  • 営業利益率が2%を下回る→経営者自身が抜本的な構造改革を覚悟する段階

軌道修正を「失敗の証拠」と捉える必要はありません。事業計画は「地図」であり、現実との乖離に気づいたときに修正することが経営者の仕事です。修正できるのは、そもそも計画があるからです。計画のない経営では、修正すべき地図がないため、迷子になっていることすら気づかない。

📚 関連記事:事業計画の進捗管理を劇的改善する3つの秘訣
賃上げ後の予実管理を含む、事業計画の進捗管理の具体的手法を解説しています。

6. 「人を生かす経営」と財務健全性を両立させる思考法

「従業員のために賃上げしたい」という経営者の気持ちは、本物の善意から来るものです。しかし善意だけでは会社は続きません。会社が続かなければ、従業員を守ることもできない。

渋沢栄一は「論語とそろばん」という言葉で、道徳と経済の両立を説きました。従業員を大切にする気持ち(論語)と、それを支える財務健全性(そろばん)は、二項対立ではなく、どちらも欠かすことのできない経営の両輪です。

近江商人の「三方よし」──買い手よし、売り手よし、世間よし──に従業員を重ね合わせるなら、「働き手よし」のためには会社が健全であることが前提条件です。財務的に持続不可能な賃上げは、短期的に従業員を喜ばせても、会社が倒産すれば従業員を最も苦しめる結果になります。

💡 「人を生かす経営」の3つの本質

  1. 会社を存続させること:倒産は最大の「人殺し」です。雇用と生活を守るためには、まず会社が健全でなければなりません。
  2. 成長の果実を共有すること:賃上げは「恵んであげる」ものではなく、「生産性向上と利益成長という果実を社員と分かち合う」ものです。この順序を守ることが「持続可能な賃上げ」の本質です。
  3. 長期的な視点で判断すること:今期の賃上げが「10年後もこの会社に働き続けたい」という環境を作るかどうかを問うことが、真の人材投資です。

事業計画に基づく賃上げは、単なる財務管理の話ではありません。それは「どういう会社を作りたいか」「従業員とどういう未来を歩みたいか」という経営者のビジョンを、数字に落とし込む行為です。

賃上げをするかどうかより、「どんな会社を作るための賃上げか」を問うことが、2200年の日本に繁栄を残す経営者としての問いかけではないでしょうか。

📚 関連記事:事業計画書作成が苦手な社長のための実践ガイド|5ステップ
賃上げの裏付けとなる事業計画書の作り方を、5ステップで丁寧に解説しています。

📝 まとめ:賃上げは「するかしないか」ではなく「どう設計するか」

  • ✅ 2025年春闘では全体5.46%、中小企業5.09%の賃上げ率を記録したが、34.6%の企業が持続可能性に不安を抱えている
  • ✅ 賃上げの主な理由が「離職防止」「物価高対応」であり、戦略的判断による賃上げは少数派
  • ✅ 事業計画なき賃上げは価格転嫁の遅れ・利益率の低下・財務体質の悪化を招く
  • ✅ 賃上げ原資確保には価格転嫁・生産性向上・不採算整理・固定費見直し・キャッシュフロー改善の5策が有効
  • ✅ 実施後の月次予実管理(人件費率・営業利益率・キャッシュフロー・一人当たり生産性)が持続可能性のカギ
  • ✅ 「人を生かす経営」と財務健全性は二項対立ではなく、事業計画を通じて両立できる

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合同会社エバーグリーン経営研究所

財務コンサルタント 長瀬好征

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