資金繰り表をつくっても不安は消えない|それでも社長が資金繰り表をつくるべき理由
「来月の支払いは、たぶん大丈夫。でも、本当に大丈夫だろうか——」
夜中にふと目が覚めて、通帳の残高を思い浮かべる。足りる気もするし、足りない気もする。考えても答えが出ないまま、また朝が来る。社長であれば、一度はこうした夜を過ごしたことがあるのではないでしょうか。
結論から申し上げます。資金繰り表をつくっても、不安や怖さは消えません。それでも資金繰り表をつくるべきなのは、霧のような「不安」を、対象のはっきりした「恐怖」に変えてくれるからです。「3か月後に800万円足りない」と分かれば、怖さは残っても、何と向き合えばよいかが見えます。向き合う相手が見えて初めて、社長は戦うか逃げるかを決められるのです。
収益満開経営の長瀬好征です。財務を軸とした経営コンサルタントとして、30社以上の資金繰り改善を支援してきました。今回から5回にわたり、金曜日の連載「不安を恐怖に変える経営」をお届けします。第1回は、不安と恐怖の違いと、資金繰り表がその間で果たす役割をお伝えします。
連載「不安を恐怖に変える経営」(毎週金曜・全5回)
第1回 不安と恐怖の違い(この記事)/第2回 資金繰り表で不安を「いつ・いくら」に変える/第3回 戦うか逃げるかを決める/第4回 悪い知らせから目をそらさない社長が成長する/第5回 会社が大きくなるほど見通しが要る
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不安と恐怖は、何が違うのか?
恐怖には向き合う「対象」があり、不安には対象がありません。恐怖は目の前にある脅威への反応、不安はまだ来ていない脅威を予期したときの反応です。
米国精神医学会の診断基準(DSM-5)は、恐怖を「現実の、または差し迫っていると感じられる脅威への情動反応」、不安を「将来の脅威を予期したときの情動反応」と区別しています。さらにさかのぼれば、19世紀の哲学者キルケゴールは『不安の概念』(1844年)で、恐怖は何か特定のものに向けられるが、不安はそうではない、という趣旨を述べています。
| 不安 | 恐怖 | |
|---|---|---|
| 向き合う相手 | はっきりしない(何が起きるか分からない) | はっきりしている(何が起きるか分かる) |
| 時間 | いつ来るか分からない | いつ来るかが見えている |
| 社長の頭の中 | 「大丈夫だろうか」が堂々めぐりする | 「どうするか」を考え始める |
| 取れる行動 | 決められず、先延ばしになりやすい | 戦うか、逃げるかを選べる |
経営に置き換えると、「お金が足りなくなるかもしれない」は不安です。「3か月後の月末に800万円足りない」は恐怖です。どちらも怖いことに変わりはありません。違うのは、後者には「何と向き合えばよいか」が書いてあることです。
なぜ社長は「分からない」ことに一番消耗するのか?
人は、悪いことが「確実に起きる」と分かっているときより、「起きるかどうか分からない」ときに、最も強いストレスを感じるからです。
2016年に英国の学術誌 Nature Communications に発表された、ロンドン大学(UCL)のアーチー・デ・バーカーらの研究があります。45人の参加者にゲームをしてもらい、ときどき手に軽い電気刺激が来るようにしました。そのときのストレス反応を測ると、電気刺激が来る確率が50%のとき、つまり「来るか来ないか、まったく分からない」ときにストレスが最も高く、確実に来るときや確実に来ないときは低かったのです。主著者は、刺激が来るか分からないほうが、来ると分かっているよりずっとつらい、という趣旨を語っています。
| 状況 | ストレス | 経営に置き換えると |
|---|---|---|
| 確実に来ないと分かっている | 低い | 資金繰り表で、当面の資金は足りると確かめられている |
| 来るか来ないか分からない | 最も高い | 「足りるかもしれないし、足りないかもしれない」 |
| 確実に来ると分かっている | 低い | 「3か月後に800万円足りない」と分かっている |
出典:de Berker, A. O. et al. (2016). Computations of uncertainty mediate acute stress responses in humans. Nature Communications, 7, 10996. 表の「経営に置き換えると」は筆者による整理です。
資金繰り表を持たない社長は、毎日のように「足りるかもしれないし、足りないかもしれない」という真ん中に立たされています。社長を一番すり減らすのは、悪い知らせそのものではなく、分からないまま過ごす時間なのです。
不安のままだと、なぜ決断できないのか?
向き合う相手が分からなければ、どの手を打てばよいかも決められないからです。不安は霧のようなものです。霧の中では、前に進むべきか、引き返すべきかが分かりません。
不安のまま過ごしていると、社長の行動には次のような形が表れやすくなります。
- 先延ばし——「来月の数字を見てから考えよう」と判断を後ろへずらし続ける
- 目の前の作業への没頭——営業や現場の仕事に打ち込み、お金のことを考える時間をつくらない
- すぐに答えをくれるものへの傾き——はっきりした答えが欲しくなり、自社の数字の外に答えを探しに行く
どれも、不安から一時的に離れるための自然な反応です。責めるべきことではありません。ただ、霧は自然には晴れません。答えを外に求めるか、自社の数字の中に求めるか。この違いが、半年後、1年後の会社の姿を分けます。不安なときほど「すぐに答えをくれるもの」に惹かれる理由は、次回の第2回で詳しく取り上げます。
会計の数字ではなく、実際のお金の出入りで資金を見る仕組みは、こちらで解説しています。
📖 資金管理は「会計の数字」から「実際の入出金」へ|資金ショートを防ぐ5つの仕組み →
資金繰り表は、不安を何に変えるのか?
「お金が足りなくなるかもしれない」という不安を、「いつ、いくら足りないか」という恐怖に変えます。計算例で見てみましょう。
| (単位:万円) | 1か月目 | 2か月目 | 3か月目 |
|---|---|---|---|
| 月初の預金残高 | 1,500 | 1,200 | 500 |
| 入金(売掛金の回収など) | 4,200 | 4,000 | 3,900 |
| 出金(仕入・給与・経費など) | 4,200 | 4,100 | 4,200 |
| 出金(借入の返済) | 300 | 300 | 300 |
| 出金(賞与・納税など、その月だけの支払い) | 0 | 300 | 700 |
| 月末の預金残高 | 1,200 | 500 | ▲800 |
※考え方を示すための計算例です。特定の会社の数字ではありません。
毎月の売上や入金だけを見ていると、「大きく減ってはいない」と感じるかもしれません。しかし、返済と、賞与や納税のようにその月だけ発生する支払いを並べると、3か月目の月末に800万円足りなくなることが分かります。
この一行が書けた瞬間、不安は恐怖に変わります。「足りるかどうか分からない」から、「3か月後の月末に800万円足りない」へ。怖さは消えません。むしろ、数字で見えた分だけ怖さははっきりします。それでも、向き合う相手と、残された時間が分かったのです。
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怖さが消えないのに、なぜ資金繰り表をつくるべきなのか?
怖さが消えなくても、向き合う相手が見えれば、残された時間の中で手を打てるからです。そして、早く見えるほど、選べる手は多くなります。
| 不足が分かった時期 | 選べる手の例 |
|---|---|
| 3か月前 | 取引金融機関への借入の相談、回収条件や支払条件の見直し、在庫の圧縮、値上げの交渉、賞与や設備投資の時期の調整 |
| 1か月前 | 借入の相談はできるが、審査に間に合うかは分からない。条件の交渉は時間が足りないことが多い |
| 1週間前 | 取引先への支払いの延期のお願いなど、信用を削る手しか残らないことが多い |
※筆者の支援経験にもとづく目安です。会社の状況によって変わります。
人間には、良い知らせより悪い知らせのほうが早く、そして頻繁に届きます。生き延びるためには、そのほうが大切だからでしょう。経営でも、難題や問題は次々にやってきます。社長が成長できるのは、悪い知らせを無理に前向きな言葉に置き換えたときではありません。悪い知らせに正面から向き合ったときです。
そして、会社が大きくなるほど、足りなくなる金額も、判断を誤ったときの代償も大きくなります。小さな会社のうちは、勘と体力で乗り切れることもあるでしょう。しかし、自分の中に何の見通しもないまま、大きくなった問題に向き合い続けることは、とても難しいのです。資金繰り表は、その見通しの最初の一枚です。
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まずは15分で、3か月先までの「大きなお金の出入り」と「一番少なくなる月末の残高」を書き出すことです。正確な資金繰り表は、その後でかまいません。
- 今日の預金残高を書く——会社のすべての口座の合計
- 3か月分の大きな入金を書く——主な取引先からの入金予定を、月ごとに
- 3か月分の大きな出金を書く——仕入・給与・家賃・返済に加え、賞与や納税など「その月だけの支払い」を忘れずに
- 月末の残高を出す——月初残高+入金−出金を、3か月分つなげて計算する
- 一行で書く——「○月末に○万円足りない」または「○月末までは○万円の余裕がある」
5つ目の一行を書くことが、この記事で一番お伝えしたいことです。足りないと分かったら、それは恐怖です。余裕があると分かったら、それも答えです。どちらの答えでも、「分からない」よりはずっと前に進めます。
次回の第2回(10月23日公開予定)では、この一行を毎月書き続けるための3か月資金繰り表のつくり方と、不安なときほど「すぐに答えをくれるもの」に惹かれる理由をお伝えします。
資金不足が見えたあとに打てる手の全体像は、こちらでまとめています。
📖 資金繰り改善ガイド|中小企業が成果につなげる5ステップと76の実践手法 →
📝 まとめ:怖さは消えない。だから、向き合う相手をはっきりさせる
不安には向き合う相手がなく、恐怖には相手があります。人は「分からない」ときに最も強いストレスを感じ、不安のままでは決断できません。資金繰り表は不安を消す道具ではなく、「いつ、いくら足りないか」という恐怖に変える道具です。
怖さは残っても、相手と時間が見えれば、戦うか逃げるかを選べます。悪い知らせに正面から向き合うことが、社長を成長させ、会社が大きくなっても揺らがない見通しを育てます。
今すぐできる一歩:3か月先までの大きな入金と出金を書き出し、「○月末に○万円足りない(余裕がある)」を一行で書いてください。
❓ よくある質問
恐怖には向き合う対象があり、不安には対象がありません。米国精神医学会のDSM-5は、恐怖を現実の、または差し迫っていると感じられる脅威への情動反応、不安を将来の脅威を予期したときの情動反応と区別しています。経営では「足りなくなるかもしれない」が不安、「3か月後に800万円足りない」が恐怖です。
なくなりません。資金繰り表は不安を消す道具ではなく、「いつ、いくら足りないか」をはっきりさせ、不安を対象のある恐怖に変える道具です。怖さは残りますが、向き合う相手と残された時間が分かるため、どの手を打つかを決められるようになります。
ロンドン大学のデ・バーカーらの2016年の研究では、電気刺激が来る確率が50%のとき、つまり来るか来ないか分からないときにストレスが最も高く、確実に来るときや来ないときは低いという結果でした。悪い知らせそのものより、分からないまま過ごす時間が人をすり減らします。
早いほど選べる手が多くなります。3か月前に分かれば、借入の相談、回収や支払条件の見直し、在庫の圧縮、値上げの交渉などを落ち着いて進められます。1週間前では、取引先への支払い延期のお願いなど、信用を削る手しか残らないことが多くなります。
まず15分で、今日の預金残高、3か月分の大きな入金と出金(賞与や納税などその月だけの支払いを含む)を書き出し、月末残高を計算します。そのうえで「○月末に○万円足りない」または「○月末までは余裕がある」を一行で書きます。正確な表づくりはその後で十分です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の経営判断の推奨や、医療・心理面の助言を目的とするものではありません。計算例は考え方を示すための簡便なものです。
※本稿は長瀬好征の実務経験をもとに、AIを構成・編集のパートナーとして活用し作成しました。
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